司法書士法人・土地家屋調査士法人我孫子総合事務所(横浜)測量・相続・遺言

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(民法の改正(その千百二十)

【反対】

長野弁、札幌弁、改正研、個人3名
・ 改正する必要はない。従前の判例解釈で十分である。
・ 第三者の「善意」のみならず、「無過失」が必要とすべきである。
・ 心裡留保による無効は、狭義の心裡留保の場合には善意(無重過失)の第三者に対抗できないのに対し、非真意表示の場合には善意無過失の第三者にのみ対抗できないとすべきである。
・ (2)の第三者についても、重大な過失ある善意者の保護を認める必要はないと考える。

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(民法の改正(その千百十九)

(2)について
【賛成】
日弁連、沖縄弁法制委、大阪弁、東弁、横浜弁、東弁倒産法、慶大、愛知弁司法制度調査委、東弁全期会、堂島、親和会、平田総合、日弁連消費者委、日司連、二弁、最高裁(比較的多数)、個人3名
・ 心裡留保は表意者の帰責性が強い場合であるから、第三者保護要件としては善意で足りるとすべきである。
・ 判例の明文化であり、妥当である。
・ 94条2項の類推適用ではなく、第三者保護要件を規定する方が分かりやすい。

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(民法の改正(その千百十八)

【その他の意見】

・ 第三者の範囲や意味について、「その意思表示を前提にして新たに法律関係に入った第三者(あるいは「利害関係を有した第三者」)」のように明確に規定すべきである。(広大)
・ 迂回融資であることを認識していた金融機関に対する名義貸与者たる借主の責任を否定すべく93 条ただし書を類推適用した裁判例(名古屋高判平成6 年11 月30 日金法1436 号32 頁、大阪高判平成11 年5 月27 日金判1085 号25 頁、広島高岡山支判平成12 年9 月14 日金判1113 号26 頁など)があるので、これらの裁判例の動向を妨げないように配慮すべきである。(日大)
・ 心裡留保という概念も分かりにくいので、分かりやすい表現を用いるのが妥当である。(東弁、福岡弁、個人)

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(民法の改正(その千百十七)

【反対】

長野弁、早大、改正研、大阪弁、個人2名
・ 無効となるのはレアケースであり、その場合は、第三者も保護されない、ということで、現行民法は整合性がとれているのであり、改正する必要はない。
・ 「知ることができた」では、無効となる範囲が無制限に拡大してしまうので削除すべきである。
・ (1)のただし書を「相手方が表意者の真意ではないことを知り、又は知らないことにつき重大な過失があったときは……」と改めるべきである。
心裡留保は、表意者の意図如何にかかわらず、表意者が意思と表示の不一致を認識している場合であるから、相手方に軽過失があっても、悪意の表意者との関係ではその保護を優先するべきであり、相手方が悪意のほか、善意であるが重大な過失があった場合にのみ、無効主張ができるとするべきである。民法94条2項の第三者として保護されるためには、単に善意であればたりるとされることとのバランスからもこのように考えるべきである。
・ 改正する必要はない。従前の判例解釈で十分である。狭義の心裡留保と非真意表示を区別すべきという意見
・ 民法93条の心裡留保には狭義の心裡留保と非真意表示が含まれており、相手方を誤信させる意図を持って行う狭義の心裡留保の場合には、相手方が悪意の場合にのみ意思表示を無効とすべきである。

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(民法の改正(その千百十六)

寄せられた意見

第3 意思表示
1 心裡留保(民法第93条関係)
民法第93条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられないものとする。ただし、相手方が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とするものとする。
(2) 上記(1)による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができないものとする。

(1)について

【賛成】

日弁連、沖縄弁法制委、東弁、横浜弁、札幌弁、東弁倒産法、慶大、ドイツ研、愛知弁司法制度調査委、東弁全期会、堂島、日大、親和会、広大、平田総合、日弁連消費者委、日司連、二弁、最高裁(比較的多数)、個人6名
・ 相手方が表意者に意思表示に対応する内心の意思がないことを知り、又は知ることができたときは、保護する必要はない。
・ 一般的な理解に合致するものである。
・ 意思表示の相手方にとって、表意者の真意の内容は意思表示以外の要素からは知り得ないのが通常であるし、「真意」の立証の負担も不当に重くなる。
狭義の心裡留保と非真意表示を区別しないことについて
・ 実際の事案において狭義の心裡留保とそれ以外の心裡留保を区別することは著しく困難であり、実務に混乱をもたらす。
・ 狭義の心裡留保と非真意表示を区別しなくても、「知ることができた」の判断で妥当な結論を導くことができる。

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(民法の改正(その千百十五)

4 民法第93条は,代理権の濫用(最判昭和42年4月20日民集21巻3号697頁)に類推適用されていたが,代理権の濫用については,規定を新設する方向で更に検討することとされており(後記第4,7),今後はこの規定に委ねられることになる。

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(民法の改正(その千百十四)

3 心裡留保には,表意者が相手方を誤信させる意図を持って自己の真意を秘匿し,真意と異なる意思表示をする場合(狭義の心裡留保)と,相手方が真意と異なることに気付いてくれることを期待して行う場合(非真意表示)があるとの指摘がある。民法第93条は両者を区別せずに規定しているが,部会においては,両者の区別を前提として,狭義の心裡留保による意思表示について,無効とされる要件を加重する考え方が主張された。
具体的には,表意者が真意でないことを相手方が知ることができたとき,すなわち相手方が悪意又は有過失である場合には心裡留保の意思表示は無効であるという民法第93条の規定を原則として維持しつつ,狭義の心裡留保においては,真意を秘匿して相手方を誤信させようとした表意者が,相手方が誤信したことについて不注意であったことを理由に意思表示の効力を否定することができるのは不合理であるとして,相手方は過失があっても保護される(相手方が悪意の場合にのみ意思表示は無効となる。)というものである。このような考え方に対しては,実務的な観点から,非真意表示と狭義の心裡留保を区別することが困難な場合もあり得るとの指摘があった。また,狭義の心裡留保に該当するとされる典型的な場面が必ずしも明らかではなく,仮に,表意者の意図に応じて,心裡留保の意思表示を無効とするための相手方の主観的事情に差異があり得るとしても,「過失」という規範的要素を判断する際に考慮することによって妥当な結論を導くことができるとの指摘もあった。
このほか,心裡留保の意思表示が無効になるための要件を現在の民法第93条よりも加重し,相手方が悪意である場合又は重大な過失がある場合に限って,心裡留保の意思表示を無効とするという考え方も議論された。この考え方は,真意と異なることを知りつつ意思表示をした者が,相手方に軽過失があったに過ぎない場合でも一律に意思表示の効力を争うことができるのは不合理であるとする点で,狭義の心裡留保と非真意表示を区別する考え方と共通した問題意識に基づくが,両者を区別することなく相手方の悪意又は重過失を要件とする点で上記の考え方と異なる。これに対しては,非真意表示の場合には表意者の帰責性が大きいとは言えないから,相手方に軽過失があるに過ぎない場合に意思表示を無効としても不合理とは言えず,むしろ,その場の雰囲気に抗しきれずに心ならずも真意と異なる意思表示が行われたような場合に,悪意を立証しなければ無効が認められないとすると,表意者に対する保護が現行法より後退するとの批判がある。
以上のように,心裡留保の意思表示が無効とされるための相手方の主観的要件については改正の方向性がいくつか示されたが,いずれに対しても批判があり,十分な支持を集めたとは言えないことから,本文では取り上げていない。

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(民法の改正(その千百十三)

2 本文(2)は,民法第93条に,無効になる心裡留保の意思表示を前提として新たに利害関係を有するに至った第三者が保護されるための要件に関する規定を新たに設けるものである。
判例は,心裡留保の意思表示を前提として新たに法律関係に入った第三者について民法第94条第2項を類推適用するとしており(最判昭和44年11月14日民集23巻11号2023頁),学説も,同様の見解が有力である。同項の「善意」について,判例(大判昭和12年8月10日法律新聞4181号9頁)は,善意であれば足り,無過失であることを要しないとしている。これらを踏まえ,本文では,心裡留保の意思表示を前提として新たな法律関係に入った第三者が保護されるための要件として,善意で足りるものとしている。
法律行為が無効である場合や取り消された場合の第三者保護規定は,通謀虚偽表示,詐欺等においても問題となるが,第三者が保護されるための要件は一貫した考え方に従って定める必要があると考えられる。表意者が権利を失うという効果を正当化するためには第三者の信頼が保護に値すること,すなわち第三者の善意無過失が必要であることを原則としつつ,無効原因,取消原因の性質に応じて検討すべきであるという考え方が示されている。このような考え方からは,本文(2)の考え方は,第三者が保護されるための要件として原則よりも緩やかなものを定めたことになるが,これは,心裡留保においては,表示が真意と異なることを表意者自身が知っており,不実の外観を作出した帰責性が表意者自身に一定程度認められることから,正当化されることになる。
第三者が保護されるための主観的要件については,その立証責任を表意者又は第三者のいずれが負うのかについても議論がある。第三者が自分の善意(及び無過失)を主張立証しなければならないという考え方が一般的であるが,第三者が悪意であること又は過失があることを表意者が立証しなければならないという考え方があり得る。本文(2)は,この点について特定の立場を支持するものではなく,立証責任の所在は引き続き解釈に委ねるものとしている。

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(民法の改正(その千百十二)

中間試案

(補足説明)

1 本文(1)は,民法第93条本文を維持した上で,心裡留保の意思表示が無効となるための相手方の認識の対象(同条ただし書)について,「表意者の真意」から「表意者の真意ではないこと」に改めるものである。相手方が表意者の真意の内容まで知ることができなくても,意思表示に対応する内心の意思がないことを知り,又は知ることができたときは相手方を保護する必要はないという解釈が一般的であることから,このような理解に従って規定内容の明確化を図るものである。

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(民法の改正(その千百十一)

現行法

(心裡留保)
第93条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

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(民法の改正(その千百十)

(概要)

 本文(1)は,民法第93条本文を維持した上で,心裡留保の意思表示が無効となるための相手方の認識の対象(同条ただし書)について,「表意者の真意」から「表意者の真意ではないこと」に改めるものである。相手方が表意者の真意の内容まで知ることができなくても,意思表示に対応する内心の意思がないことを知り,又は知ることができたときは相手方を保護する必要はないという解釈が一般的であることから,このような理解に従って規定内容の明確化を図るものである。
 本文(2)は,民法第93条に,心裡留保による意思表示を前提として新たに法律関係に入った第三者が保護されるための要件に関する規定を新たに設けるものである。判例は,心裡留保の意思表示を前提として新たに法律関係に入った第三者について民法第94条第2項を類推適用するとしており(最判昭和44年11月14日民集23巻11号2023頁),学説も,同様の見解が有力である。同項の「善意」について,判例(大判昭和12年8月10日法律新聞4181号9頁)は,善意であれば足り,無過失であることを要しないとしている。これらを踏まえ,本文では,心裡留保の意思表示を前提として新たな法律関係に入った第三者が保護されるための要件として,善意で足りるものとしている。
 なお,心裡留保の規定は,これまで代理権の濫用の場面に類推適用されてきたが,代理権の濫用については規定を設けることが検討されており(後記第4,7),これが設けられれば,心裡留保の規定を類推適用することは不要になる。

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(民法の改正(その千百九)

中間試案

1 心裡留保(民法第93条関係)

  民法第93条の規律を次のように改めるものとする。
 (1) 意思表示は,表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても,そのためにその効力を妨げられないものとする。ただし,相手方が表意者の真意ではないことを知り,又は知ることができたときは,その意思表示は,無効とするものとする。
 (2) 上記(1)による意思表示の無効は,善意の第三者に対抗することができないものとする。

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(民法の改正(その千百八)

要綱案

第2 意思能力
意思能力について、次のような規律を設けるものとする。

法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

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(民法の改正(その千百七)

 要綱仮案は、意思能力を欠く状態でされた意思表示が無効であるとの、判例(大判明治38年5月11日)学説上異論のない規律を明文化するものです。
なお、中間試案では、意思能力の意義を明文化することとしていましたが、見解の一致が見られなかったため、当該明文化は見送られました(部会資料73A)。

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民法の改正(その千百六)

要綱仮案

意思能力について、次のような規律を設けるものとする。
 
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しないときは、その法律行為は、無効とする。

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民法の改正(その千百五)

部会資料82-2

第2 意思能力
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しないときは、その法律行為は、無効とする。
(説明)
部会資料79-1では「法律行為の時に」としていたが、これを「意思表示をした時に」に変更した。部会での意見を踏まえ、例えば、契約の申込者が申込時に意思能力を有しないときは、当該契約が無効であることを端的に表現するためである。

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民法の改正(その千百四)

部会資料79-3

第1 意思能力
法律行為の当事者がその法律行為の時に意思能力を有しないときは、その法律行為は、無効とする。
(説明)
部会資料73Aの案を維持するものである。ただし、意思能力の有無は法律行為が行われた時点で問題となることから、その点を明確にするために表現を改めている。

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民法の改正(その千百三)

部会資料73-A

○中間試案第2「意思能力」
法律行為の当事者が、法律行為の時に、その法律行為をすることの意味を理解する能力を有していなかったときは、その法律行為は、無効とするものとする。
(注1)意思能力の定義について、「事理弁識能力」とする考え方や、特に定義を設けず、意思能力を欠く状態でされた法律行為を無効とすることのみを規定するという考え方がある。
(注2)意思能力を欠く状態でされた法律行為の効力について、本文の規定に加えて日常生活に関する行為についてはこの限りでない(無効とならない)旨の規定を設けるという考え方がある。

(説明)
1 現行の規定
法律行為を有効にするためには、法律行為の当事者がその法律行為を行った結果(法
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律行為に基づく権利義務の変動)を理解するに足る精神能力を備えていることが必要である。この能力を意思能力と言い、判例は、意思能力を欠く状態でされた法律行為は無効であるとしている(大判明治38年5月11日民録11輯706頁)。民法には、意思能力に関する一般的な規定は設けられていないが、遺言について、「遺言をする時においてその能力を有しなければならない」旨の規定(同法第963条)、成年被後見人であっても事理弁識能力を一時回復した時には遺言をすることができることを前提とした規定(同法第973条第1項)がある。
民法は、意思能力とは別に、確定的に有効な法律行為をするための能力として、行為能力に関する規定(同法第4条から第21条まで)を設けている。これは、未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人を制限行為能力者とし(同法第20条)、制限行為能力者の行為を取り消すことができる場合を定めるものである(同法第5条第2項、第9条、第13条第4項、第17条第4項)。意思能力とは別に行為能力に関する規定が設けられたのは、意思能力を欠くことを相手方が知り得ず、トラブルの発生を事前に回避することが困難な場合があること、意思能力を欠く者が意思能力の欠如を事後的に立証して不当な損失を免れることが困難な場合もあることから、立証が容易な取消事由を設けるとともに、相手方も事前に能力の制限の有無を確認することができるようにすることにより、これらの困難を回避しようとしたものである。
以上のように、意思能力と行為能力とは、有効に法律行為をするための能力である点では共通する点があるが、その要件は異なっており、その有無は別個に判断されることになる。

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民法の改正(その千百二)

【その他の意見】

・ 試案の定義は、法律行為をすることの主観的な目的や効果と誤解されるおそれもある。「法律行為によって権利の発生、変更、移転、消滅、その他法律関係の変動が生じることを理解する能力」といったように、法律行為の定義(第1.1)と連動させて定義した方が分かりやすい。(慶大)
・ 意思能力の判断にあたっては当該の具体的な法律行為の意味を理解する能力が問題とされるとする(いわゆる「意思能力の相対性」を認める)点につき、本文の提案を支持する。このような理解は、平成11年民法一部改正の前提とされた理解に一致するのみならず、従前の多数学説にも適合的であるといってよいと考える。
ただし、「その法律行為をすることの意味を理解する能力」という文言のみでは、たとえばデリバティブ取引のように取引の仕組み自体が複雑な場合には、行為者の判断能力そのものには問題がないにもかかわらず意思能力が否定され得るかのような印象を与えかねず、そのような疑義を避けるための表現が必要である。一案としては、民法7条等に定められる「精神上の障害により」に準じた文言によって、能力を有しないこととなった原因を明示することが検討されてよいのではないか。従前の学説が、意思能力の定義する際に「精神(的)能力」という語を用いてきたのは、このような観点からの限定を付する趣旨であったと解されるし、比較法的にみても、たとえば、ドイツ民法典104条、スイス民法典16条、フランス民法典414-1条は、いずれもかかる原因を明示する例と解される。(早大)
・ 「その法律行為の結果を理解してその法律行為をするかどうかを判断する能力」と定義するのが妥当である。(親和会)

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民法の改正(その千百一)

続(反対)

「その法律行為をすることの意味を理解する能力」の文言が何を指すか不明確であるところ、「意思能力の程度は一般に7歳から10 歳程度の理解力」とされており、原則として意思能力の有無が法律行為の性質・難易によって変化する可能性は低いはずである。
・ 意思能力を「その法律行為をすることの意味を理解する能力」として、取引毎に判断される相対的なものとして定義をした場合、当該法律行為において意思能力を欠いていたとの主張がされ事後的に取引が覆されるおそれから、取引を委縮することにつながるおそれがある。
・ 表意者は、ある動機に基づいて一定の適切な効果を欲する意思を決定してこれを表示しなければならないから、その前提として、ある動機に基づいて意思を決定してこれを表示するのに必要な精神能力を有しなければならない。表示上の錯誤(言い誤り、書き損じ)のように行為支配の失敗が精神の障害により生じたケースも意思能力の問題として処理されるべきであるから、制御能力もまた心理学的要素に含まれるべきである。したがって、「判断能力」、「(事理)弁識能力」とか「その法律行為をすることの意味を理解する能力」にのみ着目して意思能力を定義すべきではない。
・ 意思無能力も錯誤も表示に対応する意思の不存在という点では共通しているので、錯誤との差異を明確にするために、意思能力に生物学的要素を含める必要がある。
また、錯誤には取引の安全という要請もあるので、意思無能力者の善意(無過失)の相手方・第三者よりも意思無能力者の方を保護することを正当化するためにも、意思能力に生物学的要素を含める必要がある。しかし、生物学的要素の要否および心理学的要素の内容いかんなどについて未だ学説の一致がみられないことから、差し当たり、意思能力を「法律行為の当事者がその法律行為をするのに必要な精神能力」と定義するか、意思能力の内容を規定上は明確にせず、意思能力を欠く状態でされた法律行為の効果のみを規定して、意思能力の内容については学説に委ねることも考えられる。いずれにせよ、意思能力をどのように理解するのかによって、成年後見制度の運用や改正の問題にも重大な影響を与えるように思われるので、意思能力の定義づけには慎重な態度が必要である。
・ 提案は、自ら法律行為をする場面を想定して、意思表示をする時点における表意者の理解力を基準にして意思能力の有無を判断するものであると解されるが、意思能力の喪失と到達(第3の4(4))や意思表示の受領能力(第3の5)等のように、上記の場面及び時点以外でも意思能力の有無が問題になることを踏まえると、上記のような基準が適切であるのか疑問がある。

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民法の改正(その千百)

【反対】

東京弁、一弁、東弁倒産法、全銀協、経営法友会、立大、生保協、土地総合研、経団連、全宅連、改正研、愛知弁司法制度調査委、不動協、虎門、改めて見直す会、最高裁(相当数)、個人3名

・ 意思能力の有無は、その法律行為の性質、難易等に関する考慮をも加味した上で相対的に考えるべきではない。取引実務における事前判断において明確性が担保されなければ、安心して取引を行うことはできない。
・ 意思能力を欠くかどうかの判断も個別具体的な法律行為を想定せずに画一的に行われているのではないか。
・ 「その法律行為の意味を理解する能力」という文言は、具体的に何を意味するか分かりにくい。
・ 意思能力の有無は、法律行為ごとにかなり個別的な判断になってしまい、意思能力が、従来考えられているよりも高い能力とされる可能性がある。例えば、これまで適合性原則違反として不法行為によって処理されていた金融商品取引の勧誘に関する事案等が、意思能力の不存在によって処理されるようになる可能性があり、仮にそうなった場合、無効となる法律行為の範囲が広がるおそれがある上、過失相殺が行われなくなるという点でも、これまでの扱いが変更されることになる可能性がある。
・ 「その法律行為をすることの意味」では、範囲が広すぎる懸念がある。一般市民がみた場合、この取引は難しかったから意思能力がなかったと主張できると考えてしまう。

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民法の改正(その千九十九)

寄せられた意見

意思能力の定義について
【賛成】
沖縄弁法制委、大阪弁、横浜弁、札幌弁、TMI、日弁連、福岡弁、平田総合、日弁連消費者委、ドイツ研、二弁、堂島、日司連、個人7名
・ 裁判実務では、法律行為ごとに意思能力の有無を判断するのが通常であり、一般的な理解に沿うものである。
・ 「事理弁識能力」よりも分かりやすい。
補足意見
・ 「その法律行為をすることの意味を理解する能力」という表現の当否については引き続き検討すべきである。
・ 「意思能力」の有無の判断において、個別具体的な法律行為の性質を考慮することにより、解釈上、現在の意思能力の有無に関する判断基準より厳しくなる(より高い能力を要求する)結果とならないよう留意すべきである。
・ 「前項の能力(以下「意思能力」という。)の判断の有無に当たっては、当事者が行った法律行為の性質、難易等を考慮するものとする。」旨の規定を設けてはどうか。
・ 「その法律行為をすることの意味を理解し、その理解に基づいて法律行為をするかどうかを判断する能力」とする方がよい。

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民法の改正(その千九十八)

(補足説明)

1 意思能力を欠く状態でされた法律行為の効力については,民法上規定が設けられていないが,その効力が否定されることは判例上確立しており(大判明治38年5月11日民録11輯706頁),学説上も異論がない。そこで,このルールを明文化する規定を新
たに設けるものである。

2 意思能力とは,一般に,法律行為の法的な意味を弁識する能力であるとされる。例えば,物を買うと目的物の自由な使用や処分ができるようになる代わりに代金を支払う義務が生ずること,所有物を売ると代金を得られる代わりに目的物の自由な使用や処分ができなくなることなどを理解する能力と説明されている。本文は,意思能力を「その法律行為をすることの意味を理解する能力」としているが,これは,このような一般的な理解を表現しようとするものである。
法律行為の性質や内容には様々なものがあり,その意味を理解するために必要な能力の程度も,必ずしも一様ではない。例えば日常生活に必要な安価な食料品の購入と不動産への抵当権の設定とでは,その行為の意味を理解するために必要な能力の程度には違いがあると考えられる。したがって,当事者がした行為に拘束力を認めるための前提となる理解力があったかどうかについて,当該行為の性質等を考慮せずに画一的に意思能力の有無を判断すれば妥当な結論を導くことができず,妥当な判断を導くには,その行為の性質や難易等を考慮する必要であると考えられる。学説においても,意思能力の有無の判断に当たっては,当事者が行った法律行為の性質,難易等をも考慮するという考え方が有力であり,裁判例においても同様の考え方が採られているとの指摘がある。本文も,このような考え方に従い,意思能力の有無の判断に当たって当事者が行った法律行為の性質や難易等を考慮しようとするものであり,「その法律行為(をすることの意味)」という文言によってその趣旨を表そうとしている。
もっとも,当事者が行った法律行為の性質を考慮するかどうかと,意思能力があると言えるためにその行為についてどの程度の理解していることが必要であるかは区別される問題であり,当事者が行った法律行為の性質を考慮するからと言って,高い理解力が要求されることになるわけではない。意思能力の程度は一般に7歳から10歳程度の理解力であって,取引の仕組みなどを理解した上で自己の利害得失を認識して経済合理性に則った判断をする能力までは不要であると言われている。本文でいう「その法律行為をすることの意味を理解する」は,法律行為をすることによってどのような法的な結果が生ずるか,すなわち自分がどのような権利を得てどのような義務を負うかを理解し,その理解に基づいてその法律行為をするかどうかを判断する能力があれば足りることを表そうとしたものであり,要求される理解の程度について従来の判断基準を変更するものではない。本文の表現ぶりについては引き続き検討を深める必要があるが,表現しようとした趣旨は上記のとおりである。

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民法の改正(その千九十七)

(概要)

意思能力を欠く状態でされた法律行為の効力については,民法上規定が設けられていないが,その効力が否定されることは判例上確立しており(大判明治38年5月11日民録11輯706頁),学説上も異論がない。そこで,このルールを明文化する規定を新たに設けるものである。
意思能力に関する規定を設けるに当たって,これをどのように定義するかが問題になるが,本文では,意思能力に関する一般的な理解を踏まえて,「その法律行為をすることの意味を理解する能力」としている。意思能力の有無は画一的に定まるものではなく,当事者の行った法律行為の性質,難易等に関する考慮をも加味した上で判断されるという考え方が有力であり,従来の裁判例においても,意思能力の有無の判断に当たっては当該法律行為の性質が考慮されてきたとの指摘がある。本文の「その法律行為(をすることの意味)」という文言は,このような考え方に従うことを表している。もっとも,その法律行為の性質が考慮されるとしても,意思能力の程度は一般に7歳から10歳程度の理解力であって,取引の仕組みなどを理解した上で自己の利害得失を認識して経済合理性に則った判断をする能力までは不要であると言われている。本文は,法律行為の性質をも考慮することを前提としているが,要求される理解の程度については従来の判断基準を変更するものではない。
これに対し,行為能力に関する規定を参考に,意思能力を「事理弁識能力」と理解する考え方もある。また,意思能力の内容を規定上は明確にせず,意思能力を欠く状態でされた法律行為は無効とすることのみを規定する考え方もある。これらの考え方を(注1)で取り上げている。
また,意思能力を欠く状態でされた法律行為の効力については,これまでの判例・学説に従い,無効としている。
本文は,日常生活に関する行為であっても,その意味を理解することができなかった以上無効とする考え方であるが,意思能力を欠く状態にある者が日常生活を営むことができようにするため,民法第9条と同様に,日常生活に関する行為は意思能力を欠く状態でされても有効とする考え方があり,これを(注2)で取り上げている。

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(民法の改正(その千九十六)

中間試案

第2 意思能力

法律行為の当事者が,法律行為の時に,その法律行為をすることの意味を理解する能力を有していなかったときは,その法律行為は,無効とするものとする。

(注1)意思能力の定義について,「事理弁識能力」とする考え方や,特に定義を設けず,意思能力を欠く状態でされた法律行為を無効とすることのみを規定するという考え方がある。

(注2)意思能力を欠く状態でされた法律行為の効力について,本文の規定に加えて日常生活に関する行為についてはこの限りでない(無効とならない)旨の規定を設けるという考え方がある。

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(民法の改正(その千九十五)

要綱案('案)

第1 公序良俗(民法第90条関係)

民法第90条の規律を次のように改めるものとする。
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

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(民法の改正(その千九十四)

(補足説明)

1 本文(1)は,民法第90条を維持した上で,同条のうち「事項を目的とする」という文言を削除するものである。同条に関する裁判例は,公序良俗に反するかどうかの判断に当たって,法律行為が行われた過程その他の諸事情を考慮しており,その法律行為がどのような事項を目的としているかという内容にのみ着目しているわけではない。このような裁判例の考え方を条文上も明確にしようとするものである。
2 本文(2)は,公序良俗に反する行為の一類型であるいわゆる暴利行為が無効である旨の明文の規定を設けるものである。いわゆる暴利行為が公序良俗に反して無効であることは判例法理として確立しており,学説上も異論なく認められているが,このような法理を民法第90条の文言から読み取ることは,極めて困難である。「公の秩序又は善良の風俗」という文言は抽象的であり,これにどのようなものが該当するかをイメージすることは必ずしも容易ではないし,また,公序良俗の概念が,社会全体の利益だけでなく法律行為の当事者の私的な利益をも保護する役割を担っていることも,「公の秩序又は善良の風俗」という文言から明確に読み取れるとも言いにくい。そこで,いわゆる暴利行為は無効であるという法理が現に存在している以上,これを条文上明記することとした方が,一般条項の適用の安定性や予測可能性に資すると考えられる。本文は,このような考え方に基づき,暴利行為に関する規定を設けることとするものである。

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(民法の改正(その千九十三)

2 公序良俗(民法第90条関係)

民法第90条の規律を次のように改めるものとする。
(1) 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は,無効とするものとする。
(2) 相手方の困窮,経験の不足,知識の不足その他の相手方が法律行為をするかどうかを合理的に判断することができない事情があることを利用して,著しく過大な利益を得,又は相手方に著しく過大な不利益を与える法律行為は,無効とするものとする。
(注) 上記(2)(いわゆる暴利行為)について,相手方の窮迫,軽率又は無経験に乗じて著しく過当な利益を獲得する法律行為は無効とする旨の規定を設けるという考え方がある。また,規定を設けないという考え方がある。

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(民法の改正(その千九十二)

4 本文(1)の内容については,法律行為の私法上の効果について具体的な要件や効果を定めたものではなく,原理や理念を表したものにとどまるとも言え,実際上の有用性に疑問があるとの批判が考えられるほか,その内容が民法第91条や契約内容の自由(後記第26,1)と重複する面もある。また,本文(2)については,合同行為を含むかどうかなどの問題が残されているなど,契約及び単独行為が法律行為に含まれることを明らかにするにとどまっており,法律行為の外延が明確であるとは言えず,規定を設けるにはその内容が十分に熟していないとも考えられる。これらのことから,本文(1)及び(2)のいずれについても,規定を設ける必要はないとの考え方もあり,これを(注)で取り上げている。

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(民法の改正(その千九十一)

3 本文(2)は,法律行為の代表例が契約であることを明示するなど,法律行為に含まれる具体的な行為を示すものである。例えば,民法第90条は,極めて重要な規定であるが,法律行為の代表例が契約であることが示されていなければ,この規定がどのような場面で機能しているかを知ることができない。このように,民法第1編第5章に置かれた規定が適用される行為の範囲を明確にするためには,「法律行為」概念の意味内容を明らかにするのが望ましいと考えられる。
法律行為に含まれる代表的なものは契約であり,法律行為の章(民法第1編第5章)に置かれた規定が主にその適用の対象として念頭に置いているものも契約であると言えることから,本文(2)においては,まず契約が法律行為に含まれることを明示している。さらに,単独行為が法律行為に含まれることも争いがないことから,このことを明示するとともに,単独行為の具体例として,取消し及び遺言を挙げることとしている。
法律行為に含まれるかどうかが問題になるものとしては,合同行為がある。本文(2)は,契約及び単独行為が法律行為に含まれることを明らかにするにとどまるものであり,これ以外に合同行為が法律行為に含まれるかどうかは,引き続き解釈に委ねることとしている。

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