司法書士法人・土地家屋調査士法人我孫子総合事務所(横浜)測量・相続・遺言

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債権法の改正・補足説明(その百七十の二)

(補足説明)

1 不安の抗弁権を明文化する趣旨

不安の抗弁権(この名称の適否については引き続き検討する必要があります。)は,一般に,双務契約において相手方の信用不安等により反対給付を受けられないおそれが生じたときに,自己の債務の履行を拒絶する権利であるとされ,双務契約における両当事者の衡平を確保する趣旨のものとされます。

現行民法には,不安の抗弁権に関する一般的な規定は存在せず,不安の抗弁権を肯定した最高裁判例は見当たりませんが,下級審裁判例には,信義則等を根拠に不安の抗弁権を肯定したものが多くあります(東京地判平成2年12月20日判時1389号79頁,東京高判昭和62年3月30日判時1236号75頁,東京地判昭和58年3月3日判時1087号101頁,近時の裁判例として,知財高裁平成19年4月5日裁判所ウェブサイト)。

このように,明文規定の不存在にかかわらず,不安の抗弁権については,裁判実務においてもその考え方が広く定着しているものと考えられます。

以上を踏まえると,取引ルールの透明性を高める観点から,双務契約の通則として,不安の抗弁権を明文化することが相当です。

2 不安の抗弁権の要件

(1) 不安の抗弁権については,取引実務における必要性ないし有用性には概ね異論がないものと思われますが,その行使を緩やかに許容すると,取りわけ継続的取引等における取引の相手方に与える打撃が大きいことから,その要件は明確かつ限定的である必要があるとの指摘があります。

また,中間的な論点整理に関するパブリック・コメントの手続に寄せられた意見を見ても,不安の抗弁権の明文化に対する懸念は,曖昧な要件設定により不当な支払拒絶を誘発するおそれがあるという点に概ね集約されるものと
考えられます。

(注)でも,このような懸念に基づき,不安の抗弁権を明文化することに対する反対意見を取り上げています。

本文では,以上の指摘を踏まえながら,不安の抗弁権が発動されるための要件を設定しています。

(2) 不安の抗弁権の行使権者については,双務契約において先履行義務を負う者に限定しています。

先履行義務を負担していないのであれば,同時履行の抗弁権(民法第533条)又は期限の利益を援用すれば足り,不安の抗弁権の援用を認める必要はないと解されるからです。

不安の抗弁権は同時履行の抗弁権が機能しないような,自己が先履行義務を負担する場合に専ら機能するとの指摘があり,このような指摘を踏まえると,同時履行の抗弁権とは区別された不安の抗弁権の役割を明確にするために,不安の抗弁権と同時履行の抗弁権とにつき,その適用領域を適切に棲み分ける制度設計が望ましいと考えられることをも考慮したものです。

(3) 「履行を得られないおそれがあるとき」を要件としているのは,履行を得られないことの主観的な不安感では足りず,客観的かつ合理的な根拠に基づく蓋然性が,抗弁権行使の時点で現に存在する必要があることを示す趣旨です(他の法令において「おそれ」という言葉を用いる場合も,おおむね同様の意味で用いていると考えらす)。

そして,そのことをより明確にするために,破産手続開始,再生手続開始又は更生手続開始の申立てがあったことを例示として,それらに比肩するような事由(これを「その他の事由」としています。)により,履行が得られないおそれが現に存在することを要するものとしています。

この「履行を得られないおそれがある場合」に該当するのは,具体的には,財産状態が悪化して債権者への支払いが広範に滞った挙げ句に倒産手続開始の申立てに至ったような場合を典型的なものとして念頭に置いていますが,代金先払いの製造物供給契約の事案においては(このような場面も本文の要件を充足し得ます。),供給者が保有する工場が自然災害により相当長期間操業できない状態に陥った場合など,倒産手続開始の申立てがあったことと同様に供給者の履行能力の低下を窺わせるような事象の発生が含まれ得ます。

(4) 本文に掲げた倒産手続開始決定その他の債権の履行可能性に疑念をもたらす事由については,契約締結後に生じたものであるときは,当該事由が契約締結時点で予見不可能であることを要求しています(本文ア)。

また,契約締結時に当該事情が存在していたときは,それを知らなかったことにつき正当な理由があることを要求しています(本文イ)。

これらの要件は,当該事由から生ずる不履行のリスクが契約上織り込み可能である場合にまで不安の抗弁権を認める必要はないとの考慮に基づくものです。

裁判例にも,履行可能性に疑念を抱かせる事情の予見可能性又は認識可能性を問題にしていると解されるものがあります。

例えば,前記知財高裁平成19年4月5日は,不安の抗弁権を肯定すべき「後履行義務の履行が危殆化された場合」の具体的内容として,「契約締結当時予想されなかった後履行義務者の財産状態の著しい悪化のほか,後履行義務者が履行の意思を全く有しないことが契約締結後に判明したような場合も含まれると解するのが相当でる。」旨判示しています。

上記の予見可能性又は認識可能性は,不安の抗弁権行使の積極要件であり,不安の抗弁権を主張する者が,履行可能性に疑念を抱かせるべき事情が予見不可能であったことや認識不可能であったことの主張立証責任を負担するものと考えられます。

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債権法の改正・補足説明(その百七十の一)

第33 不安の抗弁権

双務契約の当事者のうち自己の債務を先に履行すべき義務を負う者は,相手方につき破産手続開始,再生手続開始又は更生手続開始の申立てがあったことその他の事由により,その反対給付である債権につき履行を得られないおそれがある場合において,その事由が次に掲げる要件のいずれかに該当するときは,その債務の履行を拒むことができるものとする。

ただし,相手方が弁済の提供をし,又は相当の担保を供したときは,この限りでないものとする。

ア 契約締結後に生じたものであるときは,それが契約締結の時に予見することができなかったものであること

イ 契約締結時に既に生じていたものであるときは,契約締結の時に正当な理由により知ることができなかったものであること

(注)このような規定を設けないという考え方がある。また,再生手続又は更生手続が開始された後は,このような権利を行使することができないものとするという考え方がある。

(概要)

双務契約において相手方の信用不安等により反対給付を受けられないおそれが生じたときに,自己の債務の履行を拒絶する権利(いわゆる不安の抗弁権)を明文化するものである。

現在も信義則(民法第1条第2項)等を根拠にこのような履行拒絶権を肯定した裁判例が多く見られることなどを踏まえたものである。

この権利を行使することができる者の要件については,双務契約において先履行義務を負担する者としている。先履行義務を負担していないのであれば,同時履行の抗弁権(民法第533条)又は期限の利益を援用すれば足り,不安の抗弁権の援用を認める必要はないと解されるからである。

「履行を得られないおそれがあるとき」を要件としているのは,履行を得られないことの主観的な不安感では足りず,客観的かつ合理的な根拠に基づく蓋然性が,抗弁権行使の時点で現に存在する必要があることを示す趣旨でる。

そして,そのことをより明確にするために,破産手続開始,再生手続開始又は更生手続開始の申立てがあったことを始めとして,それらに相当する具体的な事由が存在することを要件としている。

そして,上記の具体的な事由につき,それが契約締結後に生じたものであるときは契約締結時に予見することができなかったものであることを要求し(本文ア),当該事由が契約締結時に既に存在していた場合にはそれを正当な理由により知ることができなかったことを要求している(本文イ)。

契約締結に当たって既に織り込まれていたと評価できるリスクが顕在化したにとどまる場合には,不安の抗弁権の行使を認めるべきではないとの考慮に基づくものである。

本文の第2文は,相手方が弁済の提供をし,又は相当の担保を供したときは,不安の抗弁権を行使することができないとするものである。

これらの場合には,先履行義務者の反対給付請求権の履行が得られないおそれが解消されたと見られることによる。

不安の抗弁権については,濫用のおそれがあるなどとして規定を設けるべきでないとする考え方がある。

また,再生手続や更生手続といった再建型倒産手続による事業再建の支障になるおそれがあるなどとして,再建型倒産手続の開始後は行使することができないものとすべきであるとの考え方がある。

これらの考え方を(注)で取り上げている。

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債権法の改正・補足説明(その百六十九の四)

続々(補足説明)

4 その他の検討課題

(1) 効果発動の前提としての再交渉の履践を規定することの要否事情変更の法理の効果としては,前記のとおり契約の解除と契約の改訂とが検討対象とされていますが,それらの効果発生の前提要件として,本文で提示した基本的な要件に付加して,当事者間における契約改訂のための再交渉の履践を要求し,再交渉を尽くしたにもかかわらず合意に至らなかったか,再交渉の申出をしたにもかかわらず相手方が再交渉に誠実に応じなかったことなどを要する旨の要件を設けるべきであるとの考え方があります。

事情変更の法理が発動される前に当事者間での自主的な再交渉を促すことが望ましいとの考慮に基づくものです。

このような要件を設けることの要否について,引き続き検討する必要があると考えられます。

(2) 契約の解除と契約の改訂との優先関係についての規定の要否

事情変更の法理の効果として契約の解除と契約の改訂とを規定する場合には,一方当事者が契約の改訂を請求し,他方当事者が契約の解除を主張するというように,契約当事者の求める解決方法が異なることがあり得ます。

とりわけ,契約の解除の要件と契約の改訂の請求の要件がいずれも充足されている場合に,裁判所がいずれを認容するかについて,それを裁量に委ねることも含めて,一定のルールを設けることが考えられます。

この点に関する規定を設けることの要否についても,引き続き検討する必要があると考えられます。

5 労働契約への適用を除外することの要否

部会において,事情変更の法理が労働契約に適用されることで労働者が不当に解雇されたり,使用者が一方的に労働条件を変更するなど,労働者に不利益に作用するおそれがあるとして,労働契約には事情変更の法理が適用されないことを条文上明確にすべきであるとの意見が示されました。

解雇や労働条件の変更については,労働契約法による規律や労働組合を通じた集団的な労使交渉に委ねるべきであるというのです。

事情変更の法理を明文化する場合であっても,労働契約については,解雇権濫用の法理を規定した労働契約法第16条や就業規則の変更に関する同法第10条等,労働契約に固有の法理が引き続き適用されると考えられます。

事情変更の法理は,現在も解釈上認められているものであり,これを明文化したからといって,労働契約に関する特別ルールとの関係が変化するわけではないからです。

それに,事情変更の法理の適用場面は極めて例外的と言われていることに照らすと,使用者が労働契約法第16条等によらずに専ら事情変更の法理を援用して解雇等を求めるような場面は,想定し難いように思われます。

また,事情変更の法理は使用者のみならず労働者が援用することも可能でありますが,労働契約を適用除外とすれば,労働者が事情変更の法理を援用して労働条件の変更を求めることができなくなります。

しかし,労働組合がない企業などでは,集団的な労使交渉が実際上困難な場合もあり得ますから,労働契約を適用除外とすると,かえって現状よりも労働者が不利となるおそれもあります。

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債権法の改正・補足説明(その百六十九の三)

続(補足説明)

2 事情変更の法理の基本的な要件に関する検討課題

事情変更の法理については,これまでの判例・学説の理解を前提としつつ,極めて例外的な事情の変更があったときにのみ適用されるものと考えられていることをも踏まえて,明文化する際の要件の在り方につき,引き続き検討を深める必要があると考えられます。

事情変更の法理が適用されるためには,一般に,次の要件を満たす必要があるという考え方が,学説レベルで概ね共有されているものと思われます。

① 契約締結後その基礎となっていた事情が変更すること。
② 当該事情の変更が,当事者において予見可能でなかったこと。
③ 当該事情の変更が,当事者の責めに帰することのできない事情により生じたこと。
④ 当該事情変更の結果,当初の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不
当であると認められること。

そして,裁判実務も前記①から④までの学説による要件設定を前提にその当てはめを論じているものと考えられ(前記最判平成9年7月1日の調査官解説もその旨示唆する。),諸外国の立法例もおおむね類似した要件設定をしています。

そこで,本文でも,前記①から④までの整理を踏襲した要件を提示しています。

なお,本文イの「その事情の変更により,契約をした目的を達することができず,又は当初の契約内容を維持することが当事者間の衡平を著しく害することとなること」という要件は,上記④の要件について,次のような整理を提示する考え方を参考にしています。

すなわち,上記④に該当する場合とは,「経済的不能」(債務の履行に要するコストと履行により債務者にもたらされる利益(対価)とが著しく均衡を欠いていること),「等価関係の破壊」,「契約目的の達成不能」の3つがあり,このうち,「経済的不能」と「等価関係の破壊」については,「契約当事者の利害に著しい不均衡を生じさせること」と包摂した上で,「契約目的の達成不能」と併せて,上記④に対応する要件として具体化するのが相当であるとします。

その上で,この法理がごく例外的な場面に限って発動されることを強調する見地からは,本文で提示したような要件設定を骨格としつつ,例えば,想定を超える自然災害,大事故,戦争など,事情変更の法理が発動され得る場面の例示を付加するかどうかなどを検討する必要があると考えられます。

分科会(第2分科会第6回会議)における審議を通じて,経済変動により目的物の価格が著しく高騰したという程度では事情変更の法理を発動すべき場面ではないことにつき,おおむね共通の理解が形成されたように思われす。

このような,事情変更の法理の発動されるべき場面についてのイメージを法文に表現する際に,例えば,「中華人民共和国最高人民法院による『中華人民共和国契約法』の適用上の若干の問題に関する解釈(二)」26条が,「契約成立後に,当事者が契約締結時に予見し得ず,不可抗力によらずまた商業上のリスクに含まれない客観的事情につき重大な変化が生じ」として,「商業上のリスク」による事情の変更を除外しているのが参考になるとの指摘もありました。

3 事情変更の法理の効果に関する検討課題

事情変更の法理を明文化する際には,どのような法的効果を規定するかを検討する必
要があります。

部会の審議においては,事情変更の法理を明文化するとした場合に,契約の解除を規定することにはおおむね異論がありませんでした。

他方,契約の解除を併せて契約の改訂を規定することについては,実務家メンバーを中心に,私的自治への過度な介入となるおそれがあることなどを理由とした反対意見が多かったです。

もっとも,事情変更の法理の適用が問題となる事案の中には,契約関係を維持しつつ当事者間の権利義務を調整することにより解決するのが適切なものがあることにはおおむね異論がなく,議論の焦点は,そのような契約の改訂があり得ることを条文上明記するか,それともこの点について明文のルールを設けずに解釈に委ねるのが相当かにあるものと考えられます。

契約の改訂を規定する場合には,改訂の具体的内容を事前に法定することは困難ですから,契約の改訂の請求については,裁判上の行使に限定して認めるものとすることが考えられます。

この場合にも,契約の改訂を明文化することに対する懸念に対応する観点から,当事者が具体的な改訂案を示して契約の改訂を請求している場合であって,当該改訂案の内容が合理的と認めるときに限り,裁判所が当該改訂案により契約の改訂をすることができる旨の規律とするとの考え方があります。

当事者の改訂の請求を要求することで当事者の予見可能性を確保するとともに,裁判所の判断対象を改訂内容の合理性に限定することで過剰に契約内容に介入することを避ける趣旨です。

契約の改訂を法定してそれを裁判上の行使に限定する場合には,契約の解除についても,契約の改訂と併せて裁判上の行使に限定するものとするか否かが検討課題となります。

また,事情変更の法理を裁判上の行使に限定する場合の裁判手続の規定の具体的な在り方等について,引き続き検討を深める必要があります。

具体的には,①裁判手続の位置付けを訴訟手続とするか非訟手続とするか,②事情変更の法理に関する裁判手続と契約上の権利を訴訟物とする本案訴訟との関係をどのように整理するかなどが検討課題となります。

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債権法の改正・補足説明(その百六十九の二)

(補足説明)

1 事情変更の法理を明文化することの当否

(1) 事情変更の法理の明文化を検討する必要性

事情変更の法理(「事情変更の原則」とも言われます。この呼称については後述します。)とは,契約当事者が契約締結時に基礎とした事情が著しく変動したことなどによって,当初の約定内容のまま当事者を拘束することが著しく不当であると認められる場合に,契約の解除又は契約の改訂が認められるとするものです。

諸外国の立法例には,契約の基礎となる事情が大きく変動した場合等に契約の解除又は契約の改訂を認めるとするものが多く見られます。

我が国の民法には事情変更の法理を明記した規定は存在しませんが,事情変更の法理を提唱する学説は古くから存在し,現在ではこの法理の存在自体を否定する学説は見当たりません。

そして,下級審裁判例には,事情変更の法理の適用を肯定したものが少なくありません(具体例として,部会資料19-2第2の補足説明中に掲げたもの[16頁]参照)。

最高裁の判例には,事情変更の法理の適用を肯定したものは存在しませんが(大審院判例の肯定的な適用例として,大判昭和19年12月6日民集23巻613頁),事情変更の法理の存在自体は肯定した上でその要件の該当
性を判断したものは複数あり(最判平成9年7月1日民集51巻6号2452頁等),この法理の存在自体は裁判実務上も承認されていると考えられます。

そして,事情変更の法理が適用される場合の効果として,契約の解除が認められるほか,契約関係を維持したままその約定内容の一部を変更すること(契約の改訂)が認められるとされます(もっとも,契約の改訂については否定する学説もあります。)。

下級審裁判例には,実際に契約の改訂を認めたものがあるほか,最高裁の判例にも当事者が事情変更による契約の改訂を求めた事案において,事情変更の法理の適用の可否を判断しているものがあり(前記最判平成9年7月1日),裁判実務においても,事情変更の法理により契約の改訂があり得ることは前提としているとの評価があります。

そこで,事情変更の法理の明文化の要否及びその要件効果などの具体的な在り方につき,引き続き検討すべき課題として取り上げるものです。

なお,この法理が極めて例外的にしか発動されないにもかかわらず「原則」と称するのは適当でないとの指摘があることを踏まえ,「事情変更の原則」と称するのと避けて,差し当たり「事情変更の法理」と称するものとしていますが,この法理の適切な呼称についても,引き続き検討する必要があります。

(2) 明文化の当否をめぐる議論の状況

部会の審議においては,事情変更の法理の存在自体を否定する意見はありませんでしたが,事情変更の法理を明文化することに対しては,積極的な意見と消極的な意見とが示されました。

消極論は,事情変更の法理を明文化することへの懸念として,極めて例外的にしか適用されない法理を明文化することにより原則と例外が逆転し,濫用されるおそれが高まることを指摘しており,同様の指摘が中間的な論点整理に対するパブリック・コメントの手続に寄せられた意見の中にも多く見られます。

これらの懸念の背景には,事情変更の法理につき濫用的な主張が多いという実務の実態があるものとも推察されることから,明文化を検討するに際しては十分な留意が必要であると考えられます。

他方,事情変更の法理の明文化に積極的な立場からは,次のような指摘がされています。

第1に,この法理が適用される場面が極めて限られた例外的場面であると言っても,我が国では,巨大地震のほか集中豪雨や火山の噴火活動など,甚大な被害をもたらす様々な自然災害が毎年のように起きています。個々の企業や個人のレベルで見れば極めて例外的であると言えても,日本全体で見れば,この法理の適用可能性が問題となり得る場面は,決して少なくないとも言えます。

第2に,予測困難な例外的場面を取り扱う法理であるからこそ,法律に規定を設けておくべき必要性が高いのです。

予測困難なリスクへの対処を当事者間の合意によるアレンジメントのみに委ねるのは現実的とは言えないからです。

諸外国の立法例に,我が国の事情変更の法理と類似する立法例が多く見られるのも,契約の前提とされていた事情が激変したような場面において柔軟に契約当事者間の利害を調整する制度的インフラが必要であるとの認識が,世界的に広く共有されていることの現れであると言えます。

また,積極論の立場からは,事情変更の法理について濫用的な主張が多いと言われることに対しても,次のような指摘がされています。

すなわち,仮にそのような実態があるとして,その原因の一つには,事情変更の法理の適用要件が条文で明示されていないことがあるとも考えられます。

我が国の裁判実務においては,一般に,事情変更の法理が非常に厳格に運用されていると評価されており,このような判例・学説を踏まえた要件を明文化することは,むしろ,認容される見込みのない濫用的主張を一定程度抑制する方向に作用すると考えられます。

これに関連して,事情変更の法理を明文化することへの消極論が,事情変更の法理の存在を国民一般から見えにくくすることにより訴訟で援用される機会を減らそうと意図しているのであれば,それは明らかに相当でないとの指摘もあります。

事情変更の法理を明文化することについては,その効果面からの不安が指摘されています。

すなわち,事情変更の効果として契約の解除が認められることについては異論がないと見られますが,契約の改訂については,①裁判所に広範な契約の改訂権限を認めることが私的自治への過度の介入になることや,②当該契約に通暁しない裁判所に適切な契約改訂を行うことが可能か否か疑問であるとの懸念が示されています。

学説の一部が事情変更の法理の効果として契約の解除のみを認めるべきであるとしているのも,これらの懸念に基づくものと考えられます。

しかし,事情変更の法理が問題となる場面の中には,例えば,請負契約において材料費が海外での戦争勃発等の影響により著しく高騰したときに,注文者が当初の報酬額を主張するのに対し,報酬額の増額調整を認める判決をするのが相当と考えられる場面に典型的に見られるように,解除により契約関係を解消することが問題の解決につながらず,契約関係を維持したままコスト負担の調整等をはじめとした契約内容の改訂が要請される場合があると指摘されています。

前記最判平成9年7月1日の事例(ゴルフクラブ会員が会員権等の存在の確認訴訟を提起したのに対し,ゴルフ場側がゴルフ場ののり面の崩壊等の事情変更を理由に会員権の一部である優先的優待的利用権の不存在を主張したもの)も,事情変更の法理の適用が肯定される場合には契約の改訂が問題となり得る事案であるとの指摘もあります。

そうであるならば,今後の検討においても,契約の改訂を明記する可能性を念頭に,上記①の懸念(私的自治への過度の介入)を踏まえ,具体的な契約改訂の要件やその内容について,引き続き検討を進めるのが適当であるように思われます。

また,仮に裁判所による契約改訂を認めるとしても,裁判所に対してどの程度の裁量の幅を付与するかは,具体的な制度設計に関わる問題として別途検討すべきです。

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債権法の改正・補足説明(その百六十九の一)

第32 事情変更の法理

契約の締結後に,その契約において前提となっていた事情に変更が生じた場合において,その事情の変更が次に掲げる要件のいずれにも該当するなど一定の要件を満たすときは,当事者は,[契約の解除/契約の解除又は契約の改訂の請求]をすることができるものとするかどうかについて,引き続き検討する。

ア その事情の変更が契約締結時に当事者が予見することができず,かつ,当事者の責めに帰することのできない事由により生じたものであること。

イ その事情の変更により,契約をした目的を達することができず,又は当初の契約内容を維持することが当事者間の衡平を著しく害することとなること。

(概要)

事情変更の法理(「事情変更の原則」とも言われる。)については,現行民法には明文の規定がないものの,その法理の存在自体は異論なく承認されている。

そして,予測困難な例外的場面を扱う法理であるために,個々の契約で対応を図ることが実際上困難であることから,当事者間の利害を適切に調整する法的仕組みとして,事情変更の法理の明文規定を整備する必要があるとの指摘がある。

事情変更の法理を明文化する場合に,その要件の在り方については,判例(最判平成9年7月1日民集51巻6号2452頁等)・学説の理解を踏まえ,契約の前提となっていた事情に変更が生じたことのほか,本文ア及びイとすることが考えられるが,これらを踏まえつつ,引き続き検討する必要があると考えられる。

また,効果の在り方については,まず,契約の解除を規定することが考えられる。他方,契約の改訂については,そのような解決のメニューが合理性を有する場面(例えば,請負契約において材料費が海外での戦争勃発等の影響により著しく高騰したときに,注文者が当初の報酬額を主張するのに対し,報酬額の増額調整を認める判決をするのが相当と考えられる場面)があるものの,具体的にどのような改訂をどのような枠組みで許容するかなど,具体的な制度設計につき,引き続き検討を深める必要があると考えられる。

また,事情変更の法理の効果としての契約の解除及び契約の改訂につき,それぞれ裁判上の行使を要するものとするかどうかについても,引き続き検討を深める必要があると考えられる。

以上を踏まえ,事情変更の法理の明文化の要否及びその要件効果などの具体的な在り方につき,引き続き検討すべき課題として取り上げるものである。

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債権法の改正・補足説明(その百六十八)

2 要約者による解除権の行使(民法第538条関係)

民法第538条の規律に付け加えて,諾約者が受益者に対する債務を履行しない場合には,要約者は,受益者の承諾を得て,契約を解除することができるものとする。

(概要)

諾約者が受益者への債務を履行しない場合に,諾約者の要約者に対する債務の不履行に基づき,要約者が当該第三者のためにする契約を解除することができるかどうかについて,民法第538条の趣旨に照らし,受益者の諾約者に対する履行請求権を受益者に無断で奪うことは妥当ではないと考えられることから,要約者は,受益者の承諾なしには,当該第三者のためにする契約を解除することができないとするものである。

この場合の解除の手続(催告の要否等)については,契約の解除に関する規定によることになる。

(補足説明)

第三者のためにする契約において,諾約者がその債務を履行しない場合に,要約者が当該第三者のためにする契約を解除することができるかどうかについては,民法第538条が「第三者の権利が発生した後は,当事者は,これを変更し,又は消滅させることができない」と規定していることとの関係で,議論があります。

学説には,民法第538条の趣旨に照らして,要約者は,受益者の承諾なしには,当該第三者のためにする契約を解除することができないとする見解と,同条は当該第三者のためにする契約の当事者(要約者と諾約者)が合意によって受益者の権利を消滅させることを禁じたものに過ぎず,要約者は,受益者の承諾なしに,当該第三者のためにする契約を解除することができるとする見解とがあります。

この点については,受益者の諾約者に対する履行請求権を受益者に無断で奪うことは妥当ではありませんから,本文では,要約者は,受益者の承諾なしには,当該第三者のためにする契約を解除することができないものとしています。

この場合の解除の手続(催告の要否等)については,契約の解除に関する規定によることになります。

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債権法の改正・補足説明(その百六十七の三)

続(補足説明)

3 要約者の諾約者に対する履行請求(本文(4))

(1) 現行民法には,第三者のためにする契約において受益者のみならず要約者も諾約者に対して受益者への履行を請求することができるかどうかについての規定が置かれていません。

また,古い判例(大判大正6年2月14日民録23輯152頁)にはこれを肯定したものもありますが,その後の下級審裁判例(神戸地伊丹支判昭和50年2月17日判タ332号314頁)にはこれを否定したものもあり,この点に関する判例法理も明確ではありません。

もっとも,学説上は,第三者のためにする契約が受益者に対する贈与の趣旨で行われたときのように,要約者からの履行請求を肯定しなければ第三者のためにする契約の趣旨を貫徹できない場合があるとして,要約者は諾約者に対して受益者への履行を請求することができるとする見解が通説とされています。

そこで,本文(4)では,この通説を明文化して,要約者は,諾約者に対し,受益者への債務の履行を請求することができるものとしています。

なお,学説には,要約者の諾約者に対する履行請求は,受益者が受益の意思を表示する前から可能であるという見解もありますが,受益者の権利の発生のために受益の意思表示を必要としないものとすると,反社会的勢力が関係する債権等を押し付けられることになったり,権利の取得時期が不明確となって時効管理や会計処理等に支障が生
ずることになったりしかねないとして,受益者が負担なしに権利を取得する場合であっても受益の意思表示を必要とするべきであると考えるのであれば(本文(3)参照),要約者の諾約者に対する履行請求もまた,受益者が受益の意思を表示した後にのみ認められるべきです。

そこで,本文(4)では,要約者は諾約者に対し受益者への「給付」を請求することができると表現するのではなく,要約者は諾約者に対し受益者への「債務の履行」を請求することができると表現することにより,受益者が受益の意思を表示して要約者の受益者に対する「債務」が発生していることが必要であることを示しています。

(2) 本文(4)の考え方に対しては,要約者による履行請求訴訟の既判力の及ぶ範囲やその執行方法,受益者による履行請求訴訟との関係等について整理しておく必要があるという指摘があります。

現に,上記神戸地伊丹支判昭和50年2月17日は,要約者の諾約者に対する受益者への履行請求を否定する一つの理由として,これを肯定した場合に受益者による履行請求訴訟との二重訴訟の生起や要約者による履行請求訴訟の既判力・執行力の範囲等に関して救い難い混乱が生ずるであろうことを掲げています。

この点については,実務上も学説上も明文の規定を設けるにはまだ必ずしも議論が成熟していないともいえますが,例えば,次のように整理することが考えられます。

すなわち,要約者による履行請求訴訟の訴訟物は,受益者の諾約者に対する権利ではなく,要約者の諾約者に対する作為請求権ですから,受益者の諾約者に対する権利を訴訟物とする受益者による履行請求訴訟とは訴訟物を異にします。

したがって,要約者による履行請求訴訟と受益者による履行請求訴訟とは,互いに抵触し合う関係にはなく,要約者による履行請求訴訟の既判力は,その当事者である要約者と諾約者の間にしか及びません。

そして,要約者の履行請求権は作為請求権ですから,その執行方法は代替執行(民事執行法第171条)又は間接強制(同法第172条)となるのが原則です。

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債権法の改正・補足説明(その百六十七の二)

(補足説明)

1 民法第537条の規律の維持(本文(1),(3))

(1) 民法第537条2項は,「第三者の権利は,その第三者が債務者に対して契約の利益を享受する意思を表示した時に発生する」と規定して,受益者(第三者)の受益の意思表示を第三者のためにする契約における受益者の権利の発生要件としています。

受益者の権利の発生のために受益の意思表示が必要とされたのは,受益者が権利の取得を望まない場合であっても当然にその権利が発生するとするのは行き過ぎであると考えられたことなどによります。

もっとも,受益者の権利の発生のために受益の意思表示を必要としていることに対しては,裁判実務においてその実態にそぐわない場面があることが指摘されています。

例えば,裁判例には,出産に関する医療において胎児に対する医師の義務を導くため,親と医療機関との間で,生まれてくる子のための安全な分娩の確保等を内容とする第三者のためにする契約が締結されているという構成を用いた上で,子が生まれた直後に親が子を代理して受益の意思表示を黙示に行ったと認定したものがありますが(東京地判昭和54年4月24日判タ388号147頁,名古屋地判平成元年2月17日判タ703号204頁等),これらは民法の規定と整合させるために技巧的な認定をせざるを得なかった例であると見ることもできます。

そこで,部会では,受益者の権利の発生のために受益の意思表示を要求することの当否が審議されました。

(2) 具体的には,受益者が負担なしに権利を取得する場合には,受益者の権利の発生のために受益の意思表示を必要としないという考え方の当否が審議の対象となりました。

この考え方が,受益者が負担なしに権利を取得する場合に限って受益の意思表示を不要としているのは,受益者の権利の取得に負担が伴うのであれば,負担を甘受して権利を取得するかどうかを判断する機会を受益者に与えるべきであり,その判断がされるまでは権利の発生の効果は生じさせないことが望ましいとの考慮によります。

第三者のためにする契約の一種である第三者のためにする傷害保険契約(保険法第8条),第三者のためにする生命保険契約(同法第42条),第三者のためにする傷害疾病定額保険契約(同法第71条)では,既にこのような考え方が採用されており,受益者(保険金受取人)は当然に当該保険契約の利益を享受するものとされ,保険給
付請求権の発生のために受益の意思表示は不要とされています。

これは,保険契約関係においては,受益者(保険金受取人)となることによって不利益を被るものではないし,受益者(保険金受取人)となったとしてもその地位を放棄することは自由であるという考慮に基づくものです。

また,第三者のためにする契約と類似した構造を有する第三者を受益者とする信託においても,原則として,受益者は受益の意思表示をすることなく当然に受益権を取得するものとされています(信託法第88条第1項)。

部会の審議においては,上記の保険契約や信託との制度間の整合性を確保する観点からこの考え方を支持する意見がありました。

また,この考え方を支持する意見には,新生児や精神上の障害により事理弁識能力を欠いているにもかかわらず後見開始の審判がされていない者などが受益者となる場合を想定するものがありました。

これに対して,受益者の権利の発生のために受益の意思表示を必要としないものとすると,反社会的勢力が関係する債権等を押し付けられることになったり,権利の取得時期が不明確となって時効管理や会計処理等に支障が生ずることになったりしかねないとして,受益者が負担なしに権利を取得する場合であっても受益の意思表示を必
要とするべきであるとする意見も少なくありませんでした。

(3) そこで,本文(1),(3)では,それぞれ民法第537条第1項の規律と同条第2項の規律を維持して,受益者の権利の発生のために受益の意思表示を要求するものとしています。

なお,第三者のためにする契約に関しては,「受益者」,「諾約者」,「要約者」という用語法が定着していることから,この中間試案では,これを用いた表現を提示しています。

2 将来出現する第三者のためにする契約(本文(2))現行民法は,受益者の現存性について,特段の規定を設けていませんが,判例は,第三者のためにする契約の締結時に受益者が現存している必要はなく,胎児や設立中の法人
のように将来出現することが予期された者を受益者として第三者のためにする契約を締結することができるとしています(設立中の法人を受益者とする第三者のためにする契約を有効としたものとして,最判昭和37年6月26日民集16巻7号1397頁)。

そこで,本文(2)では,第三者のためにする契約は,その締結時に受益者が胎児その他の現に存しない者である場合であっても,効力を生ずるものとするとして,以上の判例法理を明文化しています。

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債権法の改正・補足説明(その百六十七の一)

第31 第三者のためにする契約

1 第三者のためにする契約の成立等(民法第537条関係)民法第537条の規律を次のように改めるものとする。

(1) 契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは,その第三者(以下「受益者」という。)は,その当事者の一方(以下「諾約者」という。)に対して直接にその給付を請求する権利を有するものとする。

(2) 上記(1)の契約は,その締結時に受益者が胎児その他の現に存しない者である場合であっても,効力を生ずるものとする。

(3) 上記(1)の場合において,受益者の権利は,その受益者が諾約者に対して上記(1)の契約の利益を享受する意思を表示した時に発生するものとする。

(4) 上記(1)の場合において,上記(1)の契約の相手方(以下「要約者」という。)は,諾約者に対し,受益者への債務の履行を請求することができるものとする。

(概要)

本文(1)は,民法第537条第1項の規律を維持するものである。その際,受益者,諾約者,要約者(本文(1),(4)参照)という用語法が定着していることから,これを用いた表現を提示している。

本文(2)は,第三者のためにする契約の締結時には受益者は現存している必要はなく,胎児や設立中の法人のように現に存しない者を受益者とする第三者のためにする契約であっても有効に成立するという判例法理(最判昭和37年6月26日民集16巻7号1397頁等)を明文化するものである。

本文(3)は,民法第537条第2項の規律を維持するものである。

本文(4)は,要約者が諾約者に対して受益者への債務の履行を請求することができるとする一般的な理解を明文化するものである。

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債権法の改正・補足説明(その百六十六の三)

続(補足説明)

3 不当性判断の基準

(1) 不当性を判断するに当たって比較対照すべき標準的な内容について,任意規定がこれに当たることに異論はありません。問題は,判例等によって確立しているルールや,明文のない基本法理等を含むかどうかです。任意規定に比較対象を限定した場合には,任意規定に規律がない場合には,そのような事項に関する条項は,「相手方に過大な不利益を与えるか」という判断を行うまでもなく不当条項に該当しないとの結論を導く可能性が生じ,その限りで不当条項規制が及ぶ領域を限定することになると考えられます。

しかし,当該契約条項がなければその当事者に認められていたはずの権利義務を不利に変更しているかどうかを問題とするのであれば,比較の対象を明文の任意規定に限定する必要はないと考えられます。

そこで,本文では,当該契約条項が存在しない場合の当事者の権利義務を比較対象とすることとしています。

(2) 本文では,契約条項の不当性を判断するに当たって「契約内容の全体」を考慮することとし,かつ,それが「過大な不利益を与える」ものであることを要するとしています。

すなわち,問題となる契約条項だけではなく,他の契約条項を含めて契約全体でどのような権利義務が定められているかを勘案し,それが相手方に過大な不利益を与えているかを判断することとしています。

例えば,ある一つの契約条項が,当該条項が存在しない場合に比して相手方にとって不利益なものであっても,他の契約条項にはその不利益を補うような相手方に有利な定めがあるために,契約内容の全体を見れば
不利益が相手方にとって過大ではないと判断される場合には,その契約条項は不当条項ではないことになります。

(3)本文のような規定がない現在でも,明示的に合意されていない契約条項が,一方の当事者に対して過大な不利益を与えるものである場合には,民法第90条を通して司法的なコントロールが及び得ます。しかし,このような規律を「公の秩序又は善良な風俗」という同条の文言から読み取ることは困難です。

本文は,同条に基づいて実際に適用されているルールの透明性を高める観点から,このような現行の規律を明文化するものであって,弱者保護などの政策課題を実現しようとするものではありません。

このような政策課題の実現は,基本的に消費者契約法等に委ねることになります。

4 不当性判断の類型性

約款について不当条項規制をする場合に,これに含まれる条項の不当性を個々の相手方との関係で個別に判断するか,多数の相手方に対して一律に適用されることを前提に画一的に判断するかという問題が指摘されています。この点については,多数の相手方に対して一律に使用することが予定されているという約款の特質からすると画一的に判断すべきであるという考え方と,約款を使用した契約も個別の相手方との契約であるところ,不当性判断は当事者の属性によっても異なり得ることなどを理由に,個別に判断すべきであるとの考え方がありますが,本文では,これを解釈に委ねることとしています。

5 不当条項に当たる場合の効果

不当な契約条項の効力を否定するための手法として,無効とするか取消可能とするかについては,現在の消費者契約法第8条から第10条までとの整合性や,不当条項規制を公序良俗の規定を具体化したものと捉える見地から,本文では,その効果を無効とすることとしています。

これに対して,不当条項規制は,契約当事者のうち一方の利益を保護する機能を有しており,その効力の否定を主張することができるのも一方当事者に限定されるという考え方もあります。

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債権法の改正・補足説明(その百六十六の二)

(補足説明)

1 不当条項に関する規律を設けることの意義

契約については契約自由の原則が一般に妥当し,当事者は自由に契約内容を決定することができるのが原則です。しかし,この原則は無制限なものではなく,契約に含まれる条項の内容が,一方の当事者に対して不当に不利益を与えるものである場合には,その条項の適用が否定される場合があるとされています。

最高裁判例を含む裁判例においても,条項を無効としたものは多くないものの,条項の文言を形式的に理解するのではなく,解釈を通じてその条項が適用される場面を合理的な範囲に制限すること(いわゆる隠れた内容規制)が多く行われてきたと言われています。

そこで,これまでも約款の契約条項に対して司法的コントロールが行われてきたことを踏まえて,司法的コントロールの内容を明らかにして予測可能性を高めるため,約款の契約条項の合理性を担保するための具体的規律を置く必要があると考えられます。

特に,契約を無効とする場合に適用される民法第90条の「公の秩序又は善良の風俗」という文言は,抽象的で,どのような場合にこの規定が用いられるのかを予測することが困難です。

公序良俗違反は,当初は国家秩序や道徳秩序に反するという限定的な意味で理解されてきましたが,その後の判例・学説の展開を通じて,一方の当事者にとって不当な不利益を与えるという類型も公序良俗違反に含まれると理解されるに至っています。

このことにも示されているように,公序良俗の概念は必ずしも明確ではありません。

そこで,一方当事者にとって不当な不利益を与えるという類型が公序良俗違反に当たることを明文化する必要があると考えられます。

また,従来,契約は当事者の合意があって初めて当事者を拘束するということが前提とされてきましたが,契約の締結過程において相手方が契約の内容を明確に認識した上でそれに拘束されることを合意する限り,その内容の合理性も一定程度確保されると考えることが可能です。

これに対して,約款による契約は相手方が個別の契約条項についてそれを受け入れるか否かを判断しておらず,内容の合理性が必ずしも確認されていない点で異なります。

そのため,本文では,約款について,内容の不当性の判断に当たって個別合意がある契約条項とは別に規定を設けることとしています。

2 不当条項の対象

契約の中心部分に関する条項については,市場メカニズムによって決まるものであって不当性を判断する基準がなく,裁判官による判断に適さず,暴利行為の法理に該当するような場合にのみ無効とされるべきであるという意見があります。

また,中心部分は当事者が自覚的に選択していることが多いことから,これを不当条項規制の対象から除外すべきであるとする意見もあります。

ここにいう中心部分に関する条項は,商品や役務の対価を定める条項(すなわち,一方の当事者が相手方に対してすべき給付と,それに対して得られる反対給付との対価的な均衡が確保されているかどうか。)が典型であす。

しかし,商品や役務の対価以外にどのような条項が含まれるか必ずしも明らかではなく,中心部分とそれ以外の付随的部分を区別することは困難であるとの指摘があります。

また,対価に関する条項であっても,携帯電話の料金体系などにみられるような複雑なものがあり,当事者がどこまで自覚的に選択したか判然としない場合もあることから,不当条項規制の対象を中心部分に限定するべきではないとする意見もあります。

この点については,なお見解が分かれていることから,本文では,中心部分に関する条項が不当条項規制の対象となるかどうかについては明文で定めることはせず,解釈に委ねることとしています。

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債権法の改正・補足説明(その百六十六の一)

5 不当条項規制

前記2によって契約の内容となった契約条項は,当該条項が存在しない場合に比し,約款使用者の相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重するものであって,その制限又は加重の内容,契約内容の全体,契約締結時の状況その他一切の事情を考慮して相手方に過大な不利益を与える場合には,無効とする。

(注)このような規定を設けないという考え方がある。

(概要)

約款に含まれる個別の契約条項のうち約款使用者の相手方に過大な不利益を与えると認められるものを無効とする規律を設けるものである。

このような契約条項は,現在も民法第90条を通じて無効とされ得るものであるが,当事者の交渉や合意によって合理性を確保する過程を経たものではない点で他の契約条項と異なる面がある上,もともと同条の公序良俗に反するという規定のみでは予測可能性が低いという難点がある。

そのため,同条のような契約の一般条項に委ねるのではなく,別途の規定を設け,約款の個別条項に対する規律を明確化する必要があると考えられる。

他方で,ある契約条項の総体が前記1にいう約款に当てはまる場合であっても,それに含まれる条項のうち当事者が個別に合意したものについては,合意の過程において一定の合理性を確保されているものと考えられるため,本文の規律の対象とならない。

本文の対象を「前記2によって契約内容となった契約条項は」としているのは,個別の合意がある条項を本文の適用対象から除外し,あくまで約款の組入要件の規定を通じて契約内容となった条項に適用対象を限定しようとするものである。

不当条項であるか否かの判断基準については,これを明確にする観点から,比較対象とすべき標準的な内容を条文上明らかにすることとしている。

具体的には,その条項がなかったとすれば適用され得たあらゆる規律,すなわち,明文の規定に限らず,判例等によって確立しているルールや,信義則等の一般条項,明文のない基本法理等を適用した場合と比較して,当該条項が相手方の権利を制限し又は義務を加重し,その結果相手方に過大な不利益を与えているかどうかという観点から判断するものとしている。

本文に「当該条項が存在しない場合と比し」とあるのは,このことを表現するものである。民法第90条に関して検討されている暴利行為の規定(第1,2(2))では,「著しく過大な不利益を与える」という基準が示されているが,その対象とされているのは,困窮等の事情があるとはいえ,相手方が一応その内容を理解した上で契約をした場合である。

これに対し,ここでは契約内容について個別の合意がされていない場面を念頭に置いていることから,暴利行為の規定のように「著しく」過大な不利益であることまでは求めていない。

不当条項であると評価された場合の効果については,無効としている。不当条項に関する同様の規律である消費者契約法第8条から第10条までや,民法第90条の効果が無効とされていることを踏まえたものである。

他方,契約条項の内容を制限する規律を設けると,自由な経済活動を阻害するおそれがあるとして,本文のような規律を設けるべきでないという意見があり,これを(注)で取り上げている。

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債権法の改正・補足説明(その百六十五の三)

続(補足説明)

3 個別の契約条項について合意がある場合

前記2の約款の組入要件によって契約の内容となった契約条項については,相手方は,実際上,個々の条項の内容を把握して約款の組入れに合意するのではなく,その内容が合理的に予期できる範囲内のものであるという信頼に基づいて組入れに合意することが通常であると考えられます。

そのため,変更がその範囲内のものにとどまる限り,相手方の期待を損なうわけではないとも考えられます。

これに対して,前記2の約款の組入要件によらないで相手方が個別に同意した契約条項は,その具体的な内容を認識した上で同意しているのですから,一方的に変更を加えると相手方の期待を損なうおそれがあると考えられます。

そこで,本文では,変更を可能とする対象を前記2の組入要件によって契約の内容となった約款の契約条項に限定しています。

すなわち,前記1で約款の定義に当てはまるものであっても,結果的に契約の締結にあたって個別に同意がされた契約条項については,本文のような規律によって変更することはできないことになります。

他方で,このような規律を採用すると,約款使用者にとっては,相手方から個別の合意を得ない方が,その後も,個別の合意を要しないという点でより容易に契約内容を変更することが可能になるため,かえって契約条項について個別の交渉に応じたり合意を得ることを避けるようになるおそれがあるなどとして,個別の合意を得た契約条項であっても組入要件によって契約内容となったものと同様の要件に基づいて変更できるようにするべきであるとする考え方もあります。

4 変更の通知

約款の変更権の行使が意思表示であるとすると,その効果が生ずるためには,その意思表示が相手方に到達する必要があります(民法第97条第1項)。

そうすると,約款を変更するためには,その旨を通知することが必要になると考えられます。

これに対し,実務的には,約款の変更の都度その通知を行わなければならないとすると煩瑣であって事務的な負担が大きいとの指摘があります。

例えば,相手方の権利義務に関する重要な変更については個別に通知するが,相手方にとっての不利益がそれほど大きいとまでは言えない変更については,例えばウェブサイトに変更の通知とその内容を掲載して相手方が確認する機会を設けるにとどめることを許容すべきであるという考え方です。

そこで,通知の方法については一律に定めることはせず,合理的な方法により周知することとしています。

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債権法の改正・補足説明(その百六十五の二)

(補足説明)

1 契約継続中の約款の変更

約款を用いた契約は,相手方が多数であることから,契約の継続中に約款の内容を変更する必要が生じても個別の同意を得ることが困難ですが,法令の改正などの事情により約款を変更する合理的な必要性が生ずる場合も多いです。

他方,契約の一般原則からすれば,既に成立した契約の内容を他方当事者の同意なく変更することは,本来は許されないはずです。

そのため,約款の内容を個別の相手方の同意を得ないで変更した場合,その変更が事後的に無効とされる可能性は否定できません。

現在でも,約款の変更は一定の取引類型においては実務上しばしば行われていると言われており,判例にも,一方当事者による変更後の約款が相手方に適用されることを認めたものがあります。

例えば,最判平成13年3月27日民集55巻2号434頁は,加入電話契約の締結後に電話事業者が新たなサービスを開始し,約款にその旨の条項を追加した場合について,加入者は当該サービスに係る料金を支払う義務があることを前提としています。

もっとも,これは,約款の変更の効力が主たる争点となった事案ではなく,学説においても,約款に基づく契約締結後に約款の使用者が一方的にこれを変更するための要件や変更できる範囲等について十分な議論の蓄積があるわけではありません。

そこで,本文では約款の変更に関する規律を引き続き検討すべき課題とした上で,試みの案を示しています。

2 約款の変更の要件

(1) 本文アは,約款の内容に変更を加えなければならない合理的な必要性が生じたことを求めています。

例えば,関連する法令に改正があった場合などがこれに当たります。

また,個別の合意ができる相手方についてのみ変更するのでは足りず,契約の相手方全てとの間で画一的に変更する必要があることを要件としています。

(2) 本文イは,約款の特質に照らして例外を認めるべき場合を限定する趣旨で,約款を使用した契約が現に多数あることと,個別の同意を得ることが著しく困難であることを要件とするものです。

この要件に関しては,プリペイドカードのように約款を用いた契約の相手方が不特定である場合にも約款の内容の変更について同意を得ることが著しく困難であるとして,相手方が多数でなくても不特定であれば足りるものとす
るべきであるとの意見がありました。

(3) 本文ウは,アで挙げた変更の必要性に照らして,当該約款の変更が相当な範囲に収まっているかという点を問題としています。

変更の必要性に照らして変更の内容が合理的であり,かつ,変更が加えられる権利や義務の範囲及びその変更の質的・量的な程度が相当であることを要件としています。

(4) 本文エは,変更の内容が相手方にとって不利益なものである場合の手当てを問題としています。

契約の一方当事者が,その契約内容を相手方にとって不利益に変更することは,その同意がない限り認められないとする考え方もあります。

しかし,現実には,相手方に不利益な変更も行われており,その中には合理性を認めるべきものがあるとの指摘があります。

そこで,本文ア,イ及びウのような必要性・合理性といった要件のほかに,どのような要件を満たせば相手方にとって不利益な変更を正当化することができるかという観点から,不利益の程度に応じて適切な措置が講じられているという要件を立てています。

その具体的な内容は,今後の検討課題ですが,「適切な措置」の一例としては,約款の変更に異議がある相手方に対して,違約金,手数料その他の不利益を課されることなく,契約から離脱(解除)することを認めることなどが考えられます。

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債権法の改正・補足説明(その百六十五の一)

4 約款の変更

約款の変更に関して次のような規律を設けるかどうかについて,引き続き検討する。

(1) 約款が前記2によって契約内容となっている場合において,次のいずれにも該当するときは,約款使用者は,当該約款を変更することにより,相手方の同意を得ることなく契約内容の変更をすることができるものとする。

ア 当該約款の内容を画一的に変更すべき合理的な必要性があること。
イ 当該約款を使用した契約が現に多数あり,その全ての相手方から契約内容の変更についての同意を得ることが著しく困難であること。
ウ 上記アの必要性に照らして,当該約款の変更の内容が合理的であり,かつ,変更の範囲及び程度が相当なものであること。
エ 当該約款の変更の内容が相手方に不利益なものである場合にあっては,その不利益の程度に応じて適切な措置が講じられていること。

(2) 上記(1)の約款の変更は,約款使用者が,当該約款を使用した契約の相手方に,約款を変更する旨及び変更後の約款の内容を合理的な方法により周知することにより,効力を生ずるものとする。

(概要)

本文(1)(2)は,契約の成立後に,組み入れられた約款の内容を変更するための要件を定めるものである。

約款を使用した契約関係がある程度の期間にわたり継続する場合には,法令の改正や社会の状況の変化により,約款の内容を画一的に変更すべき必要性が生ずることがあるが,多数の相手方との間で契約内容を変更する個別の同意を得ることは,実際上極めて困難な場合がある。

このため,実務上は約款使用者による約款の変更がしばしば行われており,取引の安定性を確保する観点から,このような約款の変更の要件を民法に定める必要があると指摘されている。

本文(1)(2)は,このような指摘を踏まえ,約款の変更の要件に関する試みの案を提示し,引き続き検討すべき課題として取り上げている。

これらの要件の当否について,更に検討を進める必要がある。

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債権法の改正・補足説明(その百六十四)

3 不意打ち条項

約款に含まれている契約条項であって,他の契約条項の内容,約款使用者の説明,相手方の知識及び経験その他の当該契約に関する一切の事情に照らし,相手方が約款に含まれていることを合理的に予測することができないものは,上記2によっては契約の内容とはならないものとする。

(概要)

約款が前記2の組入要件を満たす場合であっても,その約款中に含まれているとは合理的に予測できない条項(不意打ち条項)があるときは,その条項には組入の合意が及んでいないと考えられる。

そこで,約款の拘束力を当事者の合意に求めること(前記2)の帰結として,不意打ち条項については,その内容の当否を問わず契約内容にならないとするものである。

ある契約条項が不意打ち条項か否かの判断を,個別の相手方ごとに具体的にするか,想定している相手方の類型ごとに抽象的にするかについては,解釈に委ねることとしている。

なお,ある契約条項の総体が前記1でいう約款に該当する場合であっても,結果的に個別の契約条項について当事者が合意をした場合には,その契約条項は,不意打ち条項には当たらない。この場合は,その契約条項は当該合意によって契約の内容になったと考えられるからである。

本文において,不意打ち条項である場合に「上記2によっては」契約の内容とはならないとあるのは,このことを表現するものである。

(補足説明)

不意打ち条項にあたるか否かは,内容の不当性にかかわらず当該条項が当該契約類型において予測できるものであるか否かによって定まる点で,不当条項にあたるか否かとは概念的に異なります。

例えば,ある商品についての売買契約の約款について,商品の購入後,継続的にその商品の付属品の購入をしたり,メンテナンスなどのサービスを受けたりしなければならないという条項が含まれていた場合には,交渉の経緯や他の契約書面などから予測できないようなものであれば,価格が適正であっても不意打ち条項には当たり得ると考えられます。

これに対して,当事者にとって不意打ちとなるような契約条項は同時に不当条項であると評価される場合が多く,不当条項に該当しない場合であっても説明義務・情報提供義務違反の問題として処理することができることから,敢えて不意打ち条項に関する規定を設ける必要はないとの指摘もあります。

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債権法の改正・補足説明(その百六十三の二)

(補足説明)

1 約款を用いることの合意

約款の拘束力については,前記1の補足説明1のとおり,その根拠を意思以外に求める学説も主張されてきました。例えば,約款に法規性を認める見解がありますが,私的な存在に過ぎない企業などに法規を定める権限が認められるのか疑問であるといった指摘があります。

近時は,約款を使用した契約も契約であることを重視し,その拘束力の根拠を当事者の意思に求める見解(契約説)が有力です。

本文は,この契約説に従い,少なくとも約款を用いることへの合意が必要であるとしています。

なお,通常の契約においては個別の契約条項についての合意が求められるのに対して,ここでいう合意とは,約款の全体を契約で用いることへの包括的な合意です。

ただし,合意一般に言えることですが,組入合意が必要であるとしても,明示的な合意が必要なわけではなく,黙示の合意でも足ります。

契約の締結に当たって契約書が作成されるようなケースで,契約書とは別に約款が使用される場合には,契約書中で,契約内容の詳細はその約款による旨の明示的な合意がされることが多いと考えられます。

これに対して,例えば公共交通機関を利用する場合には,その契約に旅客運送約款などを用いることが明示的に合意されているわけではありませんが,利用に当たって約款を用いることが黙示的に合意されていると考えられます。

2 約款の内容を知ることができる機会

(1) 当事者の合意に拘束力の根拠を求める以上は,少なくとも契約締結より前に約款の内容を認識する機会が相手方に与えられるべきであるという点については異論がありません。

その理由としては,およそ知ることもできなかった約款について組入合意があってもその合意に拘束力を認めることはできないことが挙げられます。

また,相手方に,約款の内容を確認し,不都合な内容であれば契約を締結しないという選択の機会を与える
という点に実質的な意義があると考えられます。

(2) 約款の内容を知ることができる機会を与えることとした場合に,当事者の合意を約款の法的拘束力の基礎にする以上は,原則として約款を相手方に提示することを求めるべきであるとする意見があります。

その上で,契約の性質上,相手方に約款を現実に提示することが困難な場合に限って例外を認めるというものです。

本文の(注)ではこのような考え方を取り上げています。

これに対しては,約款が効率的な経済取引を可能にしているなどの社会的機能を担っていることや社会全体のコストを考慮すると,あまり厳格な組入要件を定めるべきではないとの指摘がありました。

約款を用いる取引の中には,公共交通機関や宅配便などの,少額の契約が日常的に締結されているような場合や,電話での会話によって契約が締結されるような場合もあります。

このような場合には,約款の開示要件を厳格に課すのは現実的ではないと考えられます。

また,約款を用いる取引は様々であり,どのような取引であれば約款の事前の開示の例外を認められるかを明確にかつ取引の実情に合わせて規定することは困難であるという指摘もありました。

そこで,本文では,約款を明示的に提示することを必ずしも原則的な要件とはしないで,比較的緩やかな要件を設定し,これに基づく具体的な開示の方法については個別の契約ごとに様々な要素を考慮して判断することとしています。

(3) 上記のように,約款を契約内容とするために,常に現実の提示があること等は必要でないとしても,具体的にどの程度の認識可能性があれば足りるかが問題となります。

相手方が特段の行動を起こさなくても約款の内容を認識しようとすれば容易に認識できる状態に相手方を置くことが必要とすえまする考え方や,あるいは契約締結時までに約款の開示を求められれば開示できるという状況にあれば約款の組入を認めて良いという考え方もありえます。

この点については,約款を契約内容とする組入合意の存在を前提としていることや,約款の使用は必ずしも約款使用者だけではなく相手方にとっても効率的な取引を可能にする面があることに鑑みますと,相手方が約款の内容を知るために必要な措置をすべて約款使用者の側に負担させるのではなく,約款の内容を知るための行動を相手方が
取ることを前提とする要件を設定することも合理性があると考えられます。

そこで,本文では,相手方が合理的な行動を取れば約款の内容を知ることができる機会が確保されていることを要件としています。

例えば,書面その他の記録媒体に約款の内容を記録して交付したり,契約締結場所に掲示したりすれば,相手方が約款内容を現実に知りたいと考えたときにはそれを閲読することを合理的な行動として期待することができます。

また,多くの取引においては,約款の内容をウェブサイトの分かりやすい場所に掲示しておけば,相手方がその
内容を知りたいときにはウェブサイトにアクセスして閲覧することを期待することができると考えられます。

さらに,相手方の属性によっては,例えば相手方も事業者でありその種の取引の経験が豊富である場合には,相手方が約款内容を知りたければ自ら申し出るという行動を期待することもできると考えられます(したがって,この場合には,相手方からの申し出があった場合には閲読させる準備があれば足ります。)。

他方,遠方の事業所のみに約款が備置されているような場合には,相手方に事業者に赴いて約款内容を閲読するように求めることが適当でないこともあり得ると考えられます。

3 労働契約の内容を規定する定型的契約条項と約款の組入要件就業規則については,労働契約法第7条にそれが労働契約の内容となるための要件が定められています。

仮に就業規則が約款に該当するとしても,同条が約款の組入要件に関する民法の規定に対する特別規定と位置づけられるため,当該規定が適用されることになります。

他方,労働契約の内容を定めるために作成された定型的契約条項であって,これらの労働関係法規の適用を受けないものがあるとすれば,それに約款の組入要件に関する規定が適用されるかどうかが問題になります。

仮に民法上の約款に関する規律が適用されると,内容の合理性やそれを周知したか(労働契約法第7条)を問わず労働契約の内容となる可能性がある点で問題があるとする意見があります。

しかし,労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類であれば,その作成が義務づけられている(労働基準法第89条)か否かにかかわらず,就業規則に当たります(平成24年8月10日付け労働基準局長通達「労働契約法の施行について」(基発0810第2号)第3の2(2)イ(エ))。

そのため,労働契約の内容を定めるために作成された定型的契約条項は,多くの場合は就業規則として労働契約法第7条が適用されることになり,このような問題が生じる場面はあまり生じないとも考えられます。

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債権法の改正・補足説明(その百六十三の一)

2 約款の組入要件の内容

契約の当事者がその契約に約款を用いることを合意し,かつ,その約款を準備した者(以下「約款使用者」という。)によって,契約締結時までに,相手方が合理的な行動を取れば約款の内容を知ることができる機会が確保されている場合には,約款は,その契約の内容となるものとする。

(注)約款使用者が相手方に対して,契約締結時までに約款を明示的に提示することを原則的な要件として定めた上で,開示が困難な場合に例外を設けるとする考え方がある。

(概要)

約款が契約内容となるための要件を新たに定めるものである。

約款を使用した契約においても,約款の拘束力の根拠は,究極的には当事者の意思に求めるべきであると考えられることから,まず,約款を準備した契約当事者(約款使用者)と相手方との間に約款を用いる合意があることを要件としている。

なお,この合意は必ずしも明示的な合意である必要はない。

そして,相手方が当該約款を用いた契約を締結することに合意するか否かを判断できるよう,契約締結時までに相手方が約款の内容を認識する機会が確保されている必要がある。

その上で,約款の内容を認識する機会をどの程度保障すべきかについては,約款の定義(前記1)との関係が問題となる。約款の定義において,契約内容を画一的に定めることを目的として使用するものに対象を限定し,個別の条項に関して交渉可能性が乏しいものが想定されていることからすると,ここで開示を厳格に求めるのは,相手方にとって煩雑でメリットが乏しい反面,約款使用者にとっては取引コストを不必要に高めることになる。

このことを踏まえ,本文では,約款使用者の相手方が合理的に期待することができる行動を取った場合に約款の内容を知ることができる状態が約款使用者によって確保されていれば足りることとしている。

ここでいう合理的に期待することができる行動は一律に定まるものではなく,その契約の内容や取引の態様,相手方の属性,約款の開示の容易性,約款の内容の合理性についての公法的な規制の有無等の事情を考慮して定まるものと考えられる。

他方で,契約の拘束力を当事者の意思に求める原則をより重視する観点から,約款使用者が相手方に対して事前に約款の内容を明示的に提示することを原則的な要件として定めるべきであるという意見があり,これを(注)で取り上げている。

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債権法の改正・補足説明(その百六十二の三)

続(補足説明)

2 約款の定義

(1) 約款の定義に関する立法提案として,「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体をいう」とするものがあります。

約款をこのように定義する理由として,このような契約条項が使用された場合には,両当事者が交渉を通じて共に契約内容の形成に関与して契約を締結する場合とは異なる状況があることが挙げられています。

具体的には,このように多数の契約に用いるために一方当事者があらかじめ定式化した契約条項については,相手方がその内容を認識しないまま契約を締結することが起こりうるために契約条項の拘束力の有無が問題になること,相手方が約款の内容を認識していた場合でも,契約条項の定型性は条項をあらかじめ準備した者と相手方との間に構造的な交渉力の不均衡を生じさせることが指摘されています。

(2) これに対しては,事業者が準備している契約書のひな形などが約款に該当することになる点で,定義が広すぎるとの意見があります。

この意見は,約款の拘束力が問題となるのは,一方の当事者が定型的に示した契約条項について,他方の当事者がそのまま受け入れるか否かの選択を迫られ,交渉をして契約条項を修正する余地がない場合であって,そのような場合には相手方は契約条項について吟味する意味が乏しいために個別の契約条項を確認して合意することも期待できないという特質があることから,この点に着目して定義を置くべきであるとします。

これによれば,約款は交渉による修正が予定されていないものに限定すべきであって,契約書のひな形がそれに基づいて交渉を行うことを予定して使用される場合には,これを約款から除外することが考えられます。

本文では,このような指摘を踏まえ,約款であるかどうかは,それが契約の内容を画一的に定めることを目的として使用されているかによって定めることとしています。

ある契約条項の総体について,交渉による修正を予定しているか否かは,その契約の内容などの客観的な要素によって一義的に定まるものではなく,主にその契約条項を準備した者の目的によって定まるものと考えられるからです。

(3) なお,この定義によれば,契約条項の総体を準備した者がそれによって多数の相手方と契約内容を画一的に定める目的を有していれば定義上の約款にあたります。

しかし,その後,実際の契約締結過程において交渉が行われるなど,当事者が当該契約条項について個別に合意した場合には,後記2の組入要件を満たす必要はなく,後記3ないし5の適用はありません。

このような契約条項は通常の合意による契約と異ならないからです。

3 消費者契約との関係

約款は事業者と消費者の間における取引で用いられることが多いことから,このような取引に特化して規律を設けるべきであるとする考え方があります。

確かに,約款が使用される場合には相手方は類型的に情報が乏しいことなどを理由に,そのような当事者間の交渉力や情報の格差を解消して相手方を保護するための規定を設けるのであれば,約款使用者が事業者であり,相手方が消費者である場合に適用対象を限定して,組入要件に関する規定を設けることも考えられます。

しかし,組入要件の規定に関してまず問題になるのは,契約内容についての認識と合意を厳格に要求すれば拘束力を正当化することが困難な場合について,どのような要件で契約内容としての拘束力を認めるかということです。

これは,情報や交渉力の格差をどのように是正するかとは別の,契約内容がどのように決定されるかという私法上の権利義務に関する一般的な問題であり,本文ではこのような意味での組入要件を設けることを意図しています。

そこで,本文においては事業者と消費者との間の取引に限定せずに約款を用いた取引を対象として規定を設けることとしています。

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債権法の改正・補足説明(その百六十二の二)

(補足説明)

1 約款の拘束力に関する判例・学説

(1) 約款には,多数の相手方との契約を画一化することで商品やサービスを安価・迅速に提供できるようにするという機能があります。

また,保険などの契約においては,商品自体が複雑に組み合わされた契約条項で構成されており,それを提供するためには約款を用いることが不可欠です。このように,約款は今日の取引において重要な機能を有しています。

しかし,契約の拘束力は当事者の合意に根拠があると考えられているのに対し,約款を用いた契約においては,約款を構成する条項について交渉がされず,そもそも相手方が条項の内容を認識していないことも多いため,約款に含まれる契約条項に契約としての拘束力が認められるか疑問が生じ得ます。

他方で,契約条項に拘束力を与えるために常に当事者がその条項一つ一つについて合意しなければならないとすると,取引の迅速性等の要請に対応することができません。

そのため,判例や学説において,どのような場合に約款に含まれる契約条項に拘束力が認められるかが議論されてきました。

(2) 約款の拘束力に関するリーディングケースとされる判例は大判大正4年12月24日民録21輯2182頁であり,火災保険について,保険加入者は反証のない限り約款の内容による意思で契約をしたものと推定すべきであると判示しました。

この判例の見解は,意思推定説と呼ばれます。

この判例が「約款の内容を知悉しなかったときであっても,一応これ(約款)による意思を持って契約したものと推定するのを当然とする」と判示し,それ以上特段の説明なく約款に含まれる条項の拘束力を肯定していることからすると,この判例は,相手方に「約款による意思」があれば約款が契約内容になることを前提にしているようです。

もっとも,この判例は,上記の判示部分に至るまでに,世間一般の実情として,火災保険契約に当たっては約款による意思を有していることが通常であること,約款が概して適当な内容であるという信頼があることなどに言及しています。

そのため,このような実情や相手方からの信頼が確立しているとは言えない分野の取引について,当事者の「約款による意思」が推定されるのか,また,「約款による意思」があれば直ちに約款の拘束力が肯定されることになるのかは,必ずしも明確ではありません。

その後の裁判例には,当事者が約款に含まれる条項の内容を認識していなかった場合に,その条項が契約内容になったことを否定したものがあります。

例えば,札幌地判昭和54年3月30日判時941号111頁は,自動車保険の約款中に,満26歳以上の者が運転し事故が惹起された場合のみ保険会社が損害保険金を負担するという特約が付されていた事案で,この特約の存在を明記した保険証券を契約締結後に保険契約者に送付したのみで,保険契約者と保険会社の間の契約内容にこの特約が含まれていると解することは相当でないとしました。

同様の事例で,結論的には効力を認めたものの,自動車保険の重要な免責条項については,契約締結前に実質的かつ直接的な告知がされることが必要であるとした裁判例(東京地判昭和57年3月25日判タ473号243頁)もあります。

また,山口地裁昭和62年5月21日判時1256号86頁は,警備請負契約において,依頼者が自己の事由で解約するときには契約期間5年間分の警備料相当額を支払うことが定められていた事案について,依頼者が本件解約金条項の存在を知らなかったことも無理はなく,右条項は依頼者にとって予期しないものと言うべきですから,右条項が当事者双方にとって合理的なものと認められない限り,合意の対象になっているものとは言いがたいと判示しました。

これらの裁判例は,重要な契約条項の内容を当事者が具体的に知らなかった場合には当事者を拘束しないことが
あるという考え方を採ったものと言えます。

以上のように,約款の拘束力に関する判例のルールは必ずしも明確ではなく,また,約款の組入れの問題と内容規制の問題が明確に区別されないで処理されているとの指摘もあります。

(3) 学説上は,約款の拘束力を当事者の意思ではなくその法規性に求める見解や,約款を使用した契約も契約であることを重視してその拘束力を意思に求めるという原則を維持し,「その約款による」という意思に拘束力の根拠を求める見解などが主張されてきました。

現在は,後者の見解が有力化しているとされていますが,約款の拘束力の根拠を意思以外に求める見解もなお有力です。

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債権法の改正・補足説明(その百六十二の一)

第30 約款

1 約款の定義

約款とは,多数の相手方との契約の締結を予定してあらかじめ準備される契約条項の総体であって,それらの契約の内容を画一的に定めることを目的として使用するものをいうものとする。

(注)約款に関する規律を設けないという考え方がある。

(概要)

約款に関する後記2以下の規律を新たに設ける前提として,それらの規律の対象とすべき約款の定義を定めるものである。

現代社会においては,大量の定型的取引を迅速かつ効率的に行うことが求められる場面が多い。

これを実現するため,契約の一方当事者があらかじめ一定の契約条項を定めたいわゆる約款を準備して,個別の交渉を省き画一的な内容の契約を結ぶことが必要だといわれている。

しかし,民法の原則上,当事者の合意がない契約条項が拘束力を有することは本来ないため,このような約款に拘束力が認められるかどうかが明らかでない。

そこで,約款を用いた取引の法的安定性を確保する見地から,本文において約款を定義した上で,後記2において約款が個別の合意がなくても契約内容となる根拠規定を設けることとしている。

ここでは,契約内容を画一的に定める目的の有無に着目した定義をすることとしている。

すなわち,ある契約条項の総体について,約款の使用者がどのような目的でそれを用いているかによって,約款に当たるかどうかを定めることとしている。

例えば,いわゆるひな形は,それを基礎として交渉を行い,相手ごとに異なった内容の契約を締結する目的で用
いる場合には,約款には当たらない。

これに対して,市販のひな形をそのまま多数の相手方との間で画一的に契約内容とする目的で用いるならば,約款に当たり得る。

他方で,約款に関して新たな規律を設ける必要性が乏しいとして,規律を設けるべきでないとする意見があり,これを(注)で取り上げている。

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債権法の改正・補足説明(その百六十一の三)

続(補足説明)

4(1) 本文3は,本文1及び2によっても契約内容を確定することができない事項が残りますが,契約の成立自体は認められる場合における契約解釈(いわゆる補充的解釈)の基準を取り上げるものです。

その契約にとって本質的に重要な事項についてその内容を確定することができないときは,そもそも契約の成立が認められません。これに対し,当事者がある事項について特に合意をしていないことなどによってその事項について内容を確定することができない場合でも,それが付随的な事項であるときは契約の成立自体は認められるため,
その後,その事項について紛争が生じた場合には,その事項について契約内容を補充することが必要になります。

これがいわゆる補充的解釈であり,本文3の「上記1及び2によって確定することができない事項が残る場合」というのは補充的解釈が必要となる場面を示すものです。

(2) 契約内容を確定することができない事項が残る場合には,慣習,任意規定,条理などを適用することによって当事者の法律関係を明らかにするという方法があります。

しかし,これらは同種事案についての一般的な場面を想定して形成されてきたルールであり,個別の契約に適用するのが必ずしも適当でない場合があります。

慣習や任意規定等の一般的なルールを直ちに適用するよりも,個別の契約に即して,当該契約の趣旨や目的などに合致する補充の方法を確定することができるのであれば,それに従って法律関係を形成することが望ましいと考えられます。

そこで,当事者の意思にできるだけ即して補充を行うという観点から,本文3では,契約内容を確定することができない事項が残っていることを当事者が知っていればその事項についてどのような合意したと考えられるかをまず検討し,このような合意をしたであろうという内容を確定することができるときは,それに従って契約内容を補充するという考え方を採っています。

補充的解釈の具体的な例として,部会の審議の中では,賃貸借契約においては貸主が目的物の修繕義務を負うとされています(民法第606条)が,通常よりもかなり安価な賃料で賃貸借が締結されている場合には,軽微な瑕疵については貸主が修繕義務を負わないと解釈する余地があるという例が挙げられました。

このほか,契約において一定の場合について定められているときに,直接にはそれに該当しない場合について,趣旨に照らしてその定めを類推することも,補充的解釈に該当します。

例えば,建物の賃貸借において「ピアノ演奏禁止」と定められている場合には,騒音による近所迷惑を防止するという趣旨に照らすと,ヴァイオリンやチェロの演奏も禁止されますが,ヘッドホンをつけて電子ピアノを演奏することは禁止されないと解釈され得ます。

当事者の仮定的な意思によって契約を解釈するという手法がこのようなものであるとすると,これは現在の実務においても取られている手法であり,本文3の考え方が必ずしも現在の実務からみて特殊なものであるとは言えません。当事者が定めていない事項について紛争が生じた場合に,「当事者の合理的な意思の解釈」などを根拠として解決が図られることがありますが,このような方法も,本文3と同様の手法によるものであると考えられます。

(3) 本文3の考え方については,当事者の仮定的な意思を事後的に認定することが実務的に困難であるとの指摘,法律行為の内容が不確定な場合にはその法律行為は無効であるという原則との関係も十分に整理する必要があるとの指摘,当事者の仮定的意思に従って解釈するという考え方が実務的にも学説上も確立したものとして受け入れら
れている訳ではないとの指摘などがあります。

これらの問題意識から,本文1及び2のような規律を設けることには賛成する立場からも,本文3の規律については慎重な検討を求める意見があります。

この考え方を(注)の第2文で取り上げています。

5 本文1から3までのような規律を設けることに対しては,そもそも契約解釈に関する規律を設けるべきではないという考え方があります。

まず,契約の解釈に関する規律を設けると個々の事案に応じて柔軟にされるべき契約解釈という作業の硬直化を招くことになりますから,事案ごとの個別の解釈に委ねるのが相当だという指摘があります。

また,契約解釈という作業が事実認定の問題か法律問題かについても考え方が分かれているなどその法的な性質は必ずしも明確になっておらず,民事実体法に置かれるべき法規範としてなじむかどうかにも疑問があるという指摘があります。

以上のような指摘を踏まえて,契約解釈に関する規定を設けないという考え方を(注)の第1文で取り上げています。

6 部会の審議においては,約款の解釈に当たっては「条項使用者不利の原則」に従うという規定を設けるかどうかについても検討が行われました。

これは,約款に含まれる条項については,一般的な契約解釈の手法,すなわち,当事者の共通の意思を探求し,共通の意思がない場合には当該契約に関する事情の下で当事者がどのように理解するのが合理的であるかを探求したとしてもなお複数の解釈の可能性が残る場合には,約款の使用者に不利な解釈を採用すべきであるという考え方です。

この考え方は,約款が使用された場合のように,契約当事者の一方が契約条項を作成し,他方当事者が契約内容の形成に実質的に関与することができない場合において,一般的な契約解釈の手法によってもなお複数の解釈の可能性が残されているときは,そのリスクは契約条項を一方的に形成した側の当事者が負担するのが公平であることを理由とします。

また,当事者の一方が契約内容の形成に実質的に関与しておらず,問題となる条項について現実の認識を有して
いないこともあるような場合には,その当事者が,当該状況の下で,どのようにその条項を理解するのが合理的であるかを確定するのは困難であることも,根拠として挙げられています。

この考え方については,契約解釈に関する伝統的に確立した準則であるとして強く支持する意見がある一方,強い批判もあります。

批判的な考え方として,約款の使用者といえども将来におけるあらゆる事象を想定して契約条項を作成することは不可能ですから,予測不可能なリスクが契約条項の使用者に一方的に負担させられるのは適当でないとの指摘や,契約ごとの事情を踏まえて柔軟にされるべき契約解釈が,条項使用者不利の原則の下で硬直的に運用されるおそれがあるとの指摘などです。

また,条項使用者不利の準則の位置づけについて,本文1から3までのルールと同一のレベルで並列されるべき準則であるのか,そうでないとすればどのような関係に立つのか,本文1から3までのルールが当事者の意思にできるだけ即して個別の当事者の観点から契約内容を確定しようという基本的な考え方を背景としているのに対して条項使用者不利の原則はやや異質な観点を持っているようにも思われ,本文1から3までとどのように整合するのかなども,十分に整理されていないようにも思われます。

以上のように,条項使用者不利の原則については強い批判もあって十分な合意が形成されなかったことから,本文では取り上げていません。

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債権法の改正・補足説明(その百六十一の二)

(補足説明)

1 契約関係をめぐって紛争が発生すると,まずは契約解釈によって契約の内容を明らかにすることが必要になります。

民法には契約の解釈に関する規定が設けられていませんが,契約解釈が契約に基づく法律関係の内容を明らかにするという重要な役割を担っていることに鑑みますと,それがどのような考え方に従って行われるべきかが条文上明確でないのは望ましくないという指摘があります。

このような指摘を踏まえ,本文1から3まででは,契約解釈に関する基本的な原則を新たに規定しようとしています。

2(1) 本文1は,契約の内容についての理解が当事者間で共通している場合における契約解釈の原則を定めるものであり,この場合には,その共通の理解に従って契約を解釈しなければならないとするものです。

契約内容は合意によって決定されますから,当事者の共通の理解を認定することができるときはこれに従って解釈するのが最も基本的な原則であると考えられ,これを明文化するものです。

契約の内容はその成立の時点での当事者の合意によって形成されますから,共通の理解の存否も,契約成立時の
当事者の理解を基準として判断されます。

例えば,典型的には,契約書の記載や口頭での会話における表現について当事者がその表現を同一の意味で理解している場合です。このような場合には,その表現が取引通念上一般にどのような意味で理解されているかにかかわらず,当事者の理解する意味に従って解釈しなければなりません。

(2) 契約の解釈は当事者の内心の意思を探求することではなく,契約書の記載や口頭の会話において用いられた表現の客観的な意味を明らかにすることだとの見解もあり,これを前提に,当事者がどのようにその表示を理解していたかよりも,社会通念上一般的にその表現がどのような意味で理解されているかを重視して契約を解釈するという立場もあります。

しかし,当事者の理解が一致しているにもかかわらず,これと異なる意味で契約を解釈することは,当事者が自分に関する法律関係を自由に形成できるという原則からしても相当でないと考えられます。

本文1は,当事者の意思を離れた客観的な意味に従って解釈するという立場とは異なる立場を明示的に採るものです。

もっとも,これは契約書の記載等の表現の客観的な意味は契約解釈において重視されないということを意味するものではありません。

契約当事者は,言葉の通常の意味に従って契約内容を表現し,これが一致することによって契約が成立するのが一般的ですから,契約書の記載その他の表現の客観的な意味は,当事者の共通の理解を明らかにする上での考慮要素として最も重要なものであると言えます。

本文1は契約書の記載等のこのような重要性を否定するものではありませんが,表現の客観的な意味とは異なる意味で当事者が理解していたことを認定することができるときにまで,その客観的意味に従って解釈すべきではありません。

このように,表現の客観的な意味の重要性は否定されませんが,それ自体が契約解釈の基準となるのではなく,飽くまでそれを通じて確定される当事者の共通の理解に従って契約解釈されるべきであると考えられます。

本文1はこのような考え方に従うものです。

(3) 部会における審議においては,本文1のような考え方に対し,次のような問題提起がありました。

例えば,当事者が100万円で目的物を売買するつもりであったのに,契約書にはあえてその代金額として「100万ドル」と記載したという事例を考えますと,従来の考え方によれば,これは当事者が虚偽表示を行った場合に該当し,例えば売主から100万ドルの支払を求められた売主は,100万ドルで売買するという意思表示は虚偽表示だという抗弁を主張する必要があります。

しかし,本文1の考え方の下では,この契約は100万円での売買契約であることになりますから,買主は100万ドルでの売買契約が成立したことを否認すれば足りることになり,従来の考え方と攻撃防御の構造が変化するのではないかという指摘です。

上記の事例が虚偽表示に該当するという理解に従いますと,100万ドルで売買するという意思表示は無効になりますが,100万円での売買契約の成立を否定することはできませんから,虚偽表示として無効になる契約とは別に,100万円で売買するという契約があることになります。

したがって,この理解に従うと,2つの契約について解釈が問題になります。

まず,100万ドルで売買するという契約においては,当事者が100万ドルという外形を作出するために「100万ドル」という記載をしているのですから,この記載が100万ドルという意味であるという共通の理解に基づいて意思表示をしたと言うことができ,この契約は「100万ドルで目的物を売買する」という意味であると解釈されることになると考えられます。

売主がこのような契約に基づいて100万ドルの支払を求めた場合には,買主は,この契約が実際には虚偽のものであるという合意が併せてされていたという事実を抗弁として主張することになります。

これは従来の攻撃防御方法の考え方に変更を加えるものではありません。

当事者間にはこのほかに,その物を100万円で売買するという別の契約があり,この契約においては代金が100万円であるという共通の理解がされていますから,それに従った解釈がされます。

これに対し,当事者が100万円という意味のつもりで「100万ドル」と記載した場合があります。

例えば,当事者は「100万円」と書くつもりであったが誤って「100万ドル」と記載してしまった場合や,当事者間の特殊な記号として100万円を意味するために「100万ドル」という表現を用いていた場合です。

この場合は,契約は一つであり,本文1に従えば,この「100万ドル」は100万円という意味で解釈されるべきことになります。

仮に,売主が,たまたま契約書に「100万ドル」と記載されていることを奇貨として100万ドルの支払を求めた場合,売主は,買主は代金額を否認して請求を争うことになります。

100万ドルの支払を請求する者が,代金額が100万円ではなく100万ドルであったことを主張立証する責任を負うのは当然のことであって,この帰結は何ら従来の扱いを変更するものではありません(契約書に「1
00万ドル」と書いてあることは,有力ではあれますが証拠方法に過ぎず,このような記載があるからと言って,真の代金額の主張立証責任を相手方が負うわけではありません。)。

3 本文2は,契約の内容について本文1にいう当事者の共通の理解があるとは言えない場合における解釈の原則を定めるものです。

「当事者の共通の理解が明らかでない場合」には,当事者が用いた表現を共通の意味で理解していたかどうかが明らかでない場合のほか,当事者が用いた表現について異なる理解をしていたことが明らかである場合も含まれす。

当事者の意思が合致していない場合には,当事者の意思を基準とすることはできず,この場合には当事者が用いた表現の客観的な意味に従って解釈するという考え方も主張されています。

しかし,ここでも,当事者が契約をした趣旨や目的とは離れてその表現が一般的にどのような意味で理解されていたかを探求するのではなく,契約の趣旨・目的に沿って当事者が用いた表現の意味を確定することが契約制度の趣旨に合致すると考えられます。

そこで,本文2では,契約目的や当該契約に至る交渉の経緯などを踏まえ,その状況の下で,その表現をどのように理解するのが当該契約の当事者にとって合理的であったかを基準とすべきであるとしています。

これは,できる限りその契約の趣旨や目的に即した法律関係を形成するため,同種の合理的な人ではなく当該当事者を基準として,しかしその主観にそのまま従うのではなく,その当事者が合理的に考えればどのようにその表現を理解するのが合理的かを問題とするという考え方です。

通常の当事者であれば言葉の通常の意味で表現を理解するから,当事者が契約の締結に当たって用いた契約書の記載や口頭での会話における表現が通常どのように理解されているかは,ここでも,当該当事者が合理的に考えたときにどのように理解するのかを確定する上で最も重要な考慮要素となります。

したがって,本文2の考え方が当該当事者を基準とするからと言って,用いられた表現の通常理解されている意味が軽視されるわけではありません。

ただ,これにそのまま従うのではなく,上記で挙げた当該契約の個別の事情を考慮して,何が当事者にとっての合理的な理解であるかを検討するというのが本文2の考え方です。

例えば,契約書に「金100グラムをα円で売却する」と記載されており,売主は金100オンスを売却するつもりでしたが,買主は金100グラムを買うと理解していたという事例を考えますと,この記載は,原則として,100グラムを売却すると解釈するのが合理的です。

しかし,代金額を確定する際に準拠した金の相場表がオンス単位であり,α円が金100オンスに対応した金額であるという事情があるときは,当該事情のもとでは「金100グラムをα円で売却する」という表現は「金100オンスをα円で売却する」という意味で理解するのが合理的であったということができます。

これは,実務において一般に行われている契約解釈とも整合的であると考えられます。

なお,契約書で用いられた表現の意味について当事者の理解が異なっている場合には,いずれかの当事者に錯誤があることになります。当事者に錯誤があるかどうかの判断に当たっては,まず契約の解釈が先行し,これによって契約の意味を明らかにした上で,当事者に確定された意味に対応する意思があるかどうかを問題にすることになると考えられます。

契約の解釈の結果確定されたその表現の解釈によって契約内容が明らかにされますが,これに対応する意思が当事者に欠けている場合には,これが要素の錯誤に該当するときは契約は無効(前記第3,3の考え方によると,取消可能)となります。

他方,要素の錯誤に該当しないときは契約は確定的に有効であり,契約解釈によって確定された意味内容に従って法律関係が形成されることになります。

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債権法の改正・補足説明(その百六十一の一)

第29 契約の解釈

1 契約の内容について当事者が共通の理解をしていたときは,契約は,その理解に従って解釈しなければならないものとする。

2 契約の内容についての当事者の共通の理解が明らかでないときは,契約は,当事者が用いた文言その他の表現の通常の意味のほか,当該契約に関する一切の事情を考慮して,当該契約の当事者が合理的に考えれば理解したと認められる意味に従って解釈しなければならないものとする。

3 上記1及び2によって確定することができない事項が残る場合において,当事者がそのことを知っていれば合意したと認められる内容を確定することができるときは,契約は,その内容に従って解釈しなければならないものとする。

(注)契約の解釈に関する規定を設けないという考え方がある。また,上記3のような規定のみを設けないという考え方がある。

(概要)

契約をめぐる紛争には契約の解釈によって解決が図られるものが少なくないが,民法には契約の解釈に関する規定が設けられていない。本文1から3までは,契約の解釈という作業の重要性に鑑み,これに関する基本的な原則を新たに規定するものである。

本文1は,契約の内容についての理解が当事者間で共通している場合における契約解釈の原則を定めるものである。

これは,典型的には,契約書の記載や口頭での会話における表現について,当事者がそれを同一の意味で理解している場合であるが,このような場合には,その表現が一般にどのような意味で理解されているかにかかわらず,当事者の理解する意味に従って解釈しなければならないとするものであり,契約解釈に関する最も基本的な原則を明文化するものである。

本文2は,契約の内容について本文1にいう当事者の共通の理解があるとは言えない場合における解釈の原則を定めるものである。

「当事者の共通の理解が明らかでない場合」には,当事者が契約内容を共通の意味で理解していたかどうかが明らかでない場合のほか,当事者が契約内容について異なる理解をしていた場合も含まれる。

このような場合には,当事者が契約の締結に当たって用いた契約書の記載や口頭での会話における表現が通常ど
のように理解されているかが重要な考慮要素となるが,これにそのまま従うのではなく,当該契約の個別の事情を踏まえて,当事者がその表示をどのように理解するのが合理的かを基準とすることとしている。

本文3は,本文1及び2によっても契約内容を確定することができない事項が残るが,契約の成立自体は認められる場合における契約解釈(いわゆる補充的解釈)の基準を取り上げるものである。

その契約にとって本質的に重要な事項についてその内容を確定することができないときは,そもそも契約の成立が認められない。これに対し,その内容を確定することができない事項があるが,契約の成立自体は認められるときは,その内容を補充することが必要になる。

補充が問題になる場合として,典型的には,例えば,当事者が合意していなかった付随的な事項について紛争が生じた場合が考えられる。

これらの場合にも,慣習,任意規定,条理など,一般的な場面を想定して設けられたルールを直ちに適用するよりも,まず,当該契約に即した法律関係を形成することを考えることが契約制度の趣旨に合致するという考え方に従い,本文3は,契約内容を確定することができない事項があることを当事者が知り,その事項について合意をするとすればどのような合意をすると考えられるかが確定することができるのであれば,その合意の内容に従って契約を解釈するという規定を設けることとしている。

以上に対し,契約の解釈に関する規定は解釈の硬直化を招き,事案ごとの個別の解釈に委ねるのが相当である等として,設けるべきではないとの考え方があるほか,本文3は必ずしも確立されたものではないとして,本文3のような規定のみを設けるべきでないとの考え方があり,これらの考え方を(注)で取り上げている。

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債権法の改正・補足説明(その百六十の二)

(補足説明)

1 懸賞広告の法的な位置づけ

懸賞広告を知らずに指定行為をした者が報酬請求権を有するか等については,懸賞広告が単独行為ですか契約の申込みであるかという法的性質の問題と関連するものとして議論されてきました。

懸賞広告を知らないで指定行為をした者に対しても報酬支払義務を負うという帰結は,単独行為説に親和性があるとされていますが,契約説に立ったとしても,懸賞広告を特殊な契約と見れば同様の帰結を導き得るとの指摘もあり,法的性質は必ずしも決定的な要因ではありません。

本文(1)は,懸賞広告の法的性質については引き続き学説等に委ねることを前提とするものです。

2 懸賞広告の効力の存続期間(本文(2))

(1) 民法上,懸賞広告の効力の存続期間に関しては明文の定めがないため,懸賞広告者は撤回をしない限り,指定行為を完了した者がいれば,報酬を与える義務をいつまでも負うのかという問題があります。

懸賞広告が契約の申込みであるか単独行為であるかについては争いがありますが,懸賞広告を単独行為と捉えるとしても,懸賞広告に対して指定行為を行うことで報酬請求権が発生するという関係は,申込みに対して承諾があれば契約が成立するという関係に類似しています。

すなわち,懸賞広告をした者の利益と,指定行為を行う者の報酬請求権に対する期待をどのように調整するかは,申込みをした者の利益と,承諾をする者の契約の成立に対する期待の調整と同様の考慮が必要であると考えられます。

(2) 本文(2)アでは,指定行為をする期間の定めのある懸賞広告について,承諾期間の定めのある申込みの承諾適格に関する民法第521条第2項の規律内容と同様に,当該期間を経過したときには効力が失われるとしています。

同項が設けられた理由は,契約の申込みを受けた者は,定められた期間までに調査その他の準備をするのが普通ですから,申込者が任意にその申込みを撤回できるとすると相手方が不測の損害を被るおそれがあるところにあります。

同様に,懸賞広告に指定行為を行う期間の定めがあれば,指定行為を行う者はその期間内は懸賞広告が撤回されないことを信頼するのが通常だと考えられることから,この期間内の撤回を制限することとしたものです。

(3) 本文(2)イでは,懸賞広告において指定行為をする期間が定められていなかった場合に,その効力がいつまで存続するかを定めるものです。

承諾期間の定めのない申込みの承諾適格については民法上規定がありませんが,前記3(2)では,申込みの相手方が承諾することはないと合理的に考えられる期間が経過したときは承諾適格が失われる旨の規定を設けることとしています。

そこで,本文(2)イでは,これに倣って,指定行為が行われることはないと合理的に考えられる期間が経過したときは,懸賞広告の効力が失われることとしています。

承諾期間の定めのない申込みがされた場合と同様(前記2の(概要)参照)に,このような期間が経過した後に指定行為が行われた場合には懸賞広告者に予想外の義務を負担させることになって相当でないと考えられる一方,このような期間内に指定行為が行われれば,指定行為をする期間を定めなかった以上,報酬支払義務を負うのもやむを得ないと考えられるからです。

3 指定行為をする期間の定めがない懸賞広告の撤回(本文(3)イ)この補足説明の2のとおり,懸賞広告をした者の利益と,指定行為を行う者の報酬請求権に対する期待をどのように調整するかは,申込みをした者の利益と,承諾をする者の契約の成立に対する期待の調整と同様の考慮が必要であると考えられることから,懸賞広告の存続期間(本文(2)ア,イ)や,指定行為を行う期間の定めがある懸賞広告の撤回の可否(本文(3)ア)については,承諾適格の存続期間(民法第521条第2項,前記3(2))や,承諾期間の定めがある申込み撤回の可否(同条第1項,前記2(1))と類似の規律を設けることとしています。

しかし,本文(3)イは指定行為を完了する者がない間は懸賞広告を撤回できるとする同法第530条第1項を維持することとしており,承諾期間の定めのない申込みの撤回を制限する同法第524条とは異なる規律となっています。

この点について,懸賞広告については不特定多数に対する契約の申込みと同様に考えられる面があることから,契約の申込みの撤回と同様に,期間の定めがなくても承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは撤回ができないこととする考え方があり得ます。

また,指定行為を完了していなくても,指定行為に着手した者がいれば,その者には報酬に対する正当な期待が既に発生していると言えることから,遅くともこの段階に至れば撤回を許さないこととするべきであるという考え方もあります。

しかし,懸賞広告の指定行為を行う者は,指定行為に着手してもそれを完了することができるかどうかは未確定ですし,その者が完了するまでに他の者が完了すれば報酬を得られないこともあります。

そのため,指定行為に着手しただけで報酬に対する正当な期待が生じているとはいえず,申込みを受けて契約締結の検討や準備を開始した承諾者の契約の成立の期待とは異なっています。

そこで,懸賞広告者は指定行為の完了によって初めて報酬支払の義務を負担するのであり,それまでは,指定行為に着手した者は,自らの計算と危険において指定行為を完了しようと試みるものであると考え,本文(3)イでは
民法第530条を維持することとしています。

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債権法の改正・補足説明(その百六十の一)

7 懸賞広告

懸賞広告に関する民法第529条から第532条までの規律を基本的に維持した上で,次のように改めるものとする。

(1) 民法第529条の規律に付け加えて,指定した行為をした者が懸賞広告を知らなかった場合であっても,懸賞広告者は,その行為をした者に対して報酬を与える義務を負うものとする。

(2) 懸賞広告の効力に関する次の規律を設けるものとする。

ア 懸賞広告者がその指定した行為をする期間を定めた場合において,当該期間内に指定した行為が行われなかったときは,懸賞広告は,その効力を失うものとする。

イ 懸賞広告者がその指定した行為をする期間を定めなかった場合において,指定した行為が行われることはないと合理的に考えられる期間が経過したときは,懸賞広告は,その効力を失うものとする。

(3) 民法第530条の規律を次のように改めるものとする。

ア 懸賞広告者は,その指定した行為をする期間を定めた場合には,その懸賞広告を撤回することができないものとする。ただし,懸賞広告者がこれと反対の意思を表示したときは,懸賞広告を撤回することができるものとする。

イ 懸賞広告者は,その指定した行為をする期間を定めなかった場合には,その指定した行為を完了する者がない間は,その懸賞広告を撤回することができるものとする。

ウ 懸賞広告の撤回は,前の広告と同一の方法によるほか,他の方法によってすることもできるものとする。
ただし,他の方法によって撤回をした場合には,これを知った者に対してのみ,その効力を有するものとする。

(概要)

本文(1)は,指定行為をした者が懸賞広告を知らない場合であっても,報酬請求権を取得することを明確化するものである。

このような場合であっても客観的には懸賞広告者の期待が実現されているのであるから,原則として懸賞広告者に報酬支払義務を負担させるべきであると考えられるからである。

本文(2)は,申込みについて承諾期間を定めた場合の承諾適格の存続期間の定め(民法第521条第2項)と同様の趣旨の定め(同ア)と,申込みについて承諾期間を定めなかった場合の承諾適格の存続期間の定め(前記(2))と同様の趣旨の定め(同イ)を,懸賞広告について新たに設けるものである。

本文(3)アは,民法第530条第1項及び第3項の規律を改め,指定行為をする期間の定めがある懸賞広告では,これを撤回する権利を放棄したものと推定するのではなく,反対の意思の表示がない限り撤回は許されない旨を定めるものである。

懸賞広告に応じようとする者は当該期間内に指定行為を完了すれば報酬請求権を取得すると信頼するのが通常であり,懸賞広告に応じようとする者が懸賞広告者の反証によって予想外に裏切られることは適切でないと考えられるからである。

本文(3)イは,指定行為をする期間を定めていない場合について民法第530条第1項の
規律を維持するものである。

本文(3)ウは,民法第530条第2項を改め,撤回の方法は当事者が選択できることとした上で,前の広告の方法と異なる方法によって撤回した場合にはこれを知った者に対してのみ効果が生ずることとするものである。

同項は懸賞広告と同一の方法による撤回が可能である限りは,それによらなければならないとしている。

しかし,他の方法によって撤回したときであっても,これを知った者に対してのみ効果が生ずるとすれば,これを許容しても不測の損害を与えることもないと考えられるからである。

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債権法の改正・補足説明(その百五十九の二)

(補足説明)

1 発信主義から到達主義への転換

隔地者に対する意思表示の効力が生ずる時期は,到達時が原則ですが(民法第97条第1項),同法第526条第1項は,隔地者間の契約は承諾の通知を発した時に成立すると定めており,承諾の効力発生時期については,例外的に発信主義が採られています。

民法第526条第1項によって到達主義の原則に対する例外が定められた趣旨は,契約の成立を欲する取引当事者間においては承諾の発信があればその到達を待たないで直ちに契約を成立するものとすることが取引の円滑と迅速に資するためであると説明されます。

しかし,通信手段が高度に発達した現代においては,承諾通知が延着したり,不到達になる現実的な可能性は低く,また,発信から到達までの時間も,当事者が短縮を望めば様々な手段が提供されており,上記のような理由で,到達主義の原則に対する例外を設ける必要性が乏しいと指摘されています。

現に,契約に関する国際的なルールなどにおいても,契約の成立について到達主義をとる例が多いです。

そこで,本文(1)では,現代社会に適合する規律を設ける観点から,承諾についても意思表示の効力についての原則どおりに到達主義を採用することとしています。

なお,電子商取引における契約の成立時期については,既に民法の例外として到達主義が採用されています。

発信主義を到達主義に転換するために民法第526条第1 項の適用が排除されていますが,それに加えて同法第527条も適用しないこととされています(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律第4条)。

民法第526条第1項の適用がない到達主義の下では、契約が成立するか否かは,承諾の通知の到達と申込みの撤回の通知の到達の先後によって判断されることになりますが,申込みの撤回通知が承諾者に到達した時点では承諾者はその先後を知らず,申込者は撤回通知の延着を知りません。

このような場面で,承諾者のみが通知義務を負う理由がないことが根拠として挙げられます。

また,到達主義の下で同法第527条を適用すると,承諾通知が到達する前に申込みが撤回された場合にも,申込みの撤回の延着の通知を発することによって契約が成立するかのようであり,適当でありません。

電子商取引に限らず契約の成立一般について,同法第526条を削除して到達主義を採用するのであれば,同様に同法第527条も削除することが妥当と考えられます(本文(2))。

2 申込みの撤回の意思表示

契約の成立についても到達主義を貫徹するならば,申込みの撤回の意思表示の効力が認められるかは,承諾と申込みの撤回の意思表示の到達の先後で決まります。

これに対して,申込みの撤回は承諾の意思表示の発信時までに承諾者に到達する必要があるという考え方があります。

この考え方を採れば,承諾者にとっては契約の成否が明確になり,また,承諾の意思表示を発信した者の契約の成立に対する期待を保護することができます。

しかし,申込みを撤回した申込者にとっては契約の成否が不明確でありますし,承諾者の契約の成立に対する期待は,申込みの撤回可能性に制限をかけることによって一定程度保護されています。

承諾の通知を受けるのに相当な期間(同法第524条)を過ぎた後にされる承諾について,さらに,その意思表示を発信しさえすれば申込みの撤回ができなくなるとする必要はないと考えられます。

そのため,本文ではこのような考え方は採用していません。

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債権法の改正・補足説明(その百五十九の一)

6 契約の成立時期(民法第526条第1項・第527条関係)

(1) 民法第526条第1項を削除するものとする。
(2) 民法第527条を削除するものとする。

(注)上記(1)については,民法第526条第1項を維持するという考え方がある。

(概要)

本文(1)は,隔地者間の契約の成立時期について発信主義を採っている民法第526条第1項を削除し,契約の成立についても原則として到達主義(同法第97条第1項)を採ることとするものである。

契約の成立について発信主義を採った趣旨は,早期に契約を成立させることで取引の迅速を図ることにあった。

しかし,今日の発達した通信手段の下で発信から到達までの時間は短縮されており,この趣旨を実現するために例外を設けてまで発信主義を採る必要はないと考えられるため,他の意思表示と同様に到達主義を採ることとするものである。

他方,多数の申込みを受ける企業等にとっては契約の成立時を一律に把握することが必要であるとして,契約の成立について現状の発信主義を維持するべきであるとする考え方があり,これを(注)で取り上げている。

なお,本文(1)の規律の下でも,予め当事者間で,当該契約の成立時期について発信主義を採用する合意をすることは可能である。

本文(2)は,契約の成立時期について本文(1)で発信主義の特則を廃止することに伴って,民法第527条を削除するものである。発信主義の下では,承諾者自身は,承諾の発信と申込みの撤回の到達の先後を把握して契約の成否を知り得ることから,申込みの撤回が延着した場合に承諾者がそれを通知しなければならないとされている。

これに対して,到達主義を採るとすれば,契約の成否は承諾の到達と申込みの撤回の到達の先後で決まることになるが,承諾者はその先後関係を知ることができないからである。

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債権法の改正・補足説明(その百五十八の二)

(補足説明)

1 民法第525条が適用される場合の効果(本文(1))

本文(1)では,民法第525条の要件に該当した場合の効果について,一律に申込みの効力が失われることとしています。

これに対して,申込みの発信後に申込者が行為能力の制限を受け,このことを申込みの相手方が知った場合には,当該申込みは制限行為能力者の意思表示と扱われ,取り消すことができるものになるとする考え方があります。

しかし,意思表示の内容は完全な能力がある時点で形成されているのですから,判断力の減退を理由に取消権を与える行為能力制度の趣旨は,ここでは必ずしも妥当しないと考えられます。

むしろ,民法第525条の趣旨は,①申込みの発信時に完全な能力を有していた申込者が契約成立前に死亡した場合等には,そのまま契約を成立させることが申込者の通常の意思に反すると考えられること,②申込みは承諾と合致して初めて契約を成立させるものであって,その効力が暫定的・経過的なものであるため,効力を否定した場合の影響も少ないことから,申込みの効力を否定することにあると理解することが妥当と考えられます。

このように同条の趣旨を理解した場合には,その効果としては,取り消すことができるようにするよりも,無効とする方が適切であることから,本文(1)は,その効果として,申込みが効力を有しないものとなる旨を定めています。

2 申込者の死亡等の時期について(本文(1))

民法第525条は,申込みの相手方が申込者の死亡又は行為能力の喪失の事実を知っていた場合には,死亡又は行為能力の喪失が申込みの効力に影響することを規定しています。

この規定は,申込みを発信してから到達するまでに生じた死亡等に限って適用されるのか,申込みの到達後に生じた場合にも適用されるのか,見解が分かれています。

通説的見解は,民法第97条第2項は,同条第1項が到達主義を採っていることを受けて,到達までに生じた死亡等の事由が意思表示の効力に影響を与えるかどうかを問題としており,同法第525条はこれを排除するに過ぎませんから,同条が適用されるのは申込みの到達までに生じた死亡等についてのみであるとします。

しかし,申込みの発信から到達までに生じた死亡等の事由のみに適用されるのであればほとんど適用の場面がな
くなります。

また,同条の趣旨を申込者が死亡した場合等における契約の帰すうに関する申込者の通常の意思に求める(この補足説明の第1参照)のであれば,死亡等の事由が申込みの到達までに生じたか到達後に生じたかによって扱いを異ならせることは適切ではないと考えられます。

そこで,本文(1)は,申込みの到達後に生じた死亡等についてもその規律が適用されることとしています。

ただし,契約が成立すると信頼した相手方の利益を害しないように,承諾の発信までに相手方が申込者の死亡等の事実を知ったことを要件としています。

3 承諾者の死亡等(本文(2))

契約の成立について到達主義を採るのであれば,申込みについて民法第525条が設けられていることとの均衡上,承諾についても同法第97条第2項の特則を設けるかどうかが問題となります。

到達までに意思表示をした者が死亡するなどの事情が生じた場合に,相手方がこのことを知っていれば,意思表示が効力を生じないこととしても相手方を害しないという状況は,承諾についても同様とも考えられます。

そこで,本文(2)は,承諾の発信後到達前に承諾者に死亡等の事情が生じた場合について,申込みと同様の規定を設けることとしています。

他方で,申込みだけでは何ら法律効果が生じませんから,その効力を否定しても当事者間の法律関係への影響が大きくないといえるのに対し,承諾は到達すれば契約が成立するという法律効果が生じる点で申込みとは質的に異なるともいえます。

このため,申込者の認識の内容によってその効果が左右されることになると当事者間の法律関係への影響が大きく,申込みと承諾とは同列に扱うことができないとの指摘もあり得ます。

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